第32話 我こそ帝国十三神将が一人
閃翔のギルガンドの固有魔法は『飛行』である。人の身でありながら、まるで隼のように自由自在に空を翔け、かつて『赤斧帝』の戦乱の時代には上空からの敵の偵察から奇襲による撹乱まで単騎で行った過去がある。
が、この驕慢な男は、先の皇帝にして最悪の暴君であった『赤斧帝』にさえ刃向かった。偵察に向かった先の、敵兵が潜むと言う噂の村について、ただの非力な村人しかいなかったと主張したのだ。
違う!とそこに並んでいた将兵の誰もが青くなった。
『赤斧帝』は非力な村人の虐殺を望んでいるのだ。そんな『正答』など何一つ望んでいない!
「……貴様」
案の定、『赤斧帝』は激怒した。その背後に精霊獣『タイラント』が、ぬうっと現れた。
紛れもなく、そこにいる将兵の誰もが『目撃』したのだ。
そのあまりにもおぞましい偉容に、ある者は立ったまま失禁し、威圧されて気絶する兵も出た。
『ころす?ころす?ころすいい?ころすいい?ころすころすころす?ころす?』
唯一、ガチガチと牙をかみ合わせて涎を垂らす精霊獣を、ギルガンドだけは真っ向から嘲った。
「村人を殺した所で己が弱者の卑怯者と言う証明にしかならぬ。皇室の血を強く引く者にしか扱えぬ精霊獣は畏敬を持って頭を垂れるべき存在だと聞いていたが、これではまるで飢えた獣より酷い!」
「――ぶち殺せ、『タイラント』!」
タイラントがギルガンドに襲いかかったが、ギルガンドはあたかも鳥のように天空に舞い上がった。
――ガチン!と巨大な牙が空を何度も噛み、唾液が飛んだ。
「先に彼らを逃がしておいて正解だった……」
そう呟くなり、ギルガンドは目視不能な速さで空の高みに消えた。
「そうか、『赤斧帝』は……火急に廃すべき忌まわしき存在となったか」
頷く皇子ヴァンドリックの前で、十三人の文武官が跪いている。
「殿下、もはやアレを野放しにすれば間もなくこのガルヴァリナ帝国は滅びまする」
その中にはギルガンドもいる。
かねてより皇子ヴァンドリックから密かな誘いがあった所に、ギルガンドが逃がした村人達を殺せなかった事に激怒して――代わりに近隣三つの村落で破壊と虐殺を行った『赤斧帝』とその所業が――この徹底的に驕慢な男には一切許しがたかったのだ。
「して、殿下。もう放蕩にも飽かれた頃かと存じますが、いつ立たれまするか?」
女の服を着て、遊びで紅まで頬に塗って、先ほどまで美女達と遊興と酒色に溺れていた者と同一人物とは思えぬほど、今のヴァンドリックは君主の威厳があり、そして冷静だった。
「2年かけて手筈はようやく整った。『赤斧帝』の主力部隊以外は全て私に寝返った。帝国城の掌握も間もなくだ。青二才が立ったと諸外国に侮られぬよう、しばらくは叔父上を即位させる、その段取りも済んだ。だが……」
「最後の砦はやはり『タイラント』……でございまするか」
チッ、と誰かが舌打ちした。
殿下の前で不届きな者は誰だと、彼らは思わずお互いの顔を見合ったが、
『……許せ、ヴァンドリック。全ては我が……アレに力で及ばぬばかりに……』
現れたのはヴァンドリックに従う精霊獣『ロード』だった。
精霊獣が一般の人の目に見えるように現れるのは、本来ならばとても珍しい事である。
かつては国家の吉兆、皇帝の治世の瑞祥、太平の世の象徴とされた程だ。
殺戮と破壊に飢えたタイラントとはかけ離れた――精霊獣の名に正に相応しい、覇気のある偉容を携えたロードの姿に、彼らはもう一度、心底から頭を垂れた。




