第30話 手に入らないからこそ求めてしまう
「私はね、愛して欲しかったの。家族から……娘として、妹として、愛して欲しかったの」
『ヴォイドに堕ちた者はもうヒトには戻れない』
「分かっていたのよ、あの人達からは絶対に愛して貰えない事。私の固有魔法が『発情』だと知った途端に、借金の形にされて遊郭に売られちゃったくらいだったしね」
『「神々の血雫」を使用した者は、厳正に法に則り処刑する必要がある』
「本当はね、お医者様になりたかった。ずっと隠れて勉強していたっけ……。どうせなれない事は分かっていたけれども、ほら、夢まで捨てたらあの人達と同じになってしまうでしょう?」
『人類の魂を無差別に喰らう化物』
「立派なお医者様になったら、いつかあの人達の心を治せるんじゃないかって。そうしたら今度こそ私達、幸せな家族になれるんじゃないかって……ずっと……ずっと……。
でもね、あの人達は私の事が心底『都合の良い道具』だったんだなって……これを渡された瞬間に分かってしまったわ。確かに私は汚い娼婦だけれど、これが何か分からないほどバカじゃないつもり。『神々の血雫』……身に着けたら問答無用で死刑……そうでしょ?」
「死刑だって分かっていたなら、どうして、どうして、どうして身に着けちゃったんだ……フェーアさん!」
『エルダー』級のヴォイドでも突破できない特殊な構造の地下牢の前で、ゲイブンは膝を突いて泣き崩れていた。
ロウがその背中に手をやっていた。
ゲイブンには見えていないが、『パーシーバー』もゲイブンを抱きしめて一緒に泣いている。
「おいら、フェーアさんの事好きだったんですぜ!あの日……結婚式だったのに、全部全部全部メチャクチャにされた姉貴そっくりだったから……!」
フェーアは呟くように言った。
「そっか……ごめんね……。何か、『もう、いいや』『もう、疲れた』って思っちゃってね……」
「一緒に逃げようですぜ!二人だけで暮らせる所まで――お願いですぜ!」
「あはは……君が最初から私の家族だったら、良かったのにね」
そこでフェーアはオレ達の姿を見て、ふっと微笑んだ。
「ああ、貴方が噂の『シャドウ』でしょ?本当に……噂じゃ無くて、実在したのね」
ゲイブンが振り返って、笑いながら泣き出した。
いや……顔だけ笑って、心は泣いているのだろうか。
「ははは……あははははっ……ははっ……もう……もう……来たんですか」
夜明け前の暗闇に紛れて、オレ達は帝国城を抜け出してきた。
「ああ」
オレ達は2丁拳銃『シルバー』&『ゴースト』を構えた。
フェーアは黙って目を閉じた。
『チャイルド』級のヴォイドとは思えない態度だった。
「『シャドウ』さん……!」
ゲイブンがオレ達にすがるように手を伸ばして、ロウが黙って抑え込む。
「一つ、聞かせてくれ」
オレ達は彼女に訊ねた。
「どうしたの?」
「どうしてロウの所に来た?」
「何でだろう……よく分からない……。あの人達から逃げたくて、無我夢中で遊郭さえ飛び出して――気付いたらここに来ていたの。どうしてだろうね。……『よろず屋アウルガ』って、あくどい依頼じゃなければ何だって叶えてくれるって有名だから、きっと楽にしてくれるって思ったのかな……。ああ、もしかしたら、ブンちゃんに会いたかったからかも……」
「遺言はあるか?」
「えっと……」
彼女は少し黙ってから――




