第291話 だから、言えなかった
『紫天宮』は物々しい気配だった。
そりゃそうだ、聖地の一件が無事に解決して事後処理も一段落したと思ったのに――一般のエルフはミマナ皇后のご懐妊とセージュドリックの婚約祝いのため、恩赦って事になったのに――今度は皇帝であるテオの兄貴が『紫天宮』に引きこもってしまったんだから。
そこに詰め寄せた全員がオレ達を睨み付けてくるし、あからさまに敵意をむき出しにしている者もいる。
『……』
不機嫌丸出しの精霊獣ロードが現れて、
『第十二皇子テオドリックのみ、ここから先に立ち入っても良いとヴァンは言っている』
オレ達はどうにか車椅子を自力で動かして、テオの兄貴が立てこもっている寝所の戸を叩いたのだった。
「……皇帝陛下、お呼びに応じて第十二皇子テオドリックが参りました」
「テオか!」
――ガタン、ゴトンと戸の向こうで音がする。どうやら家具やら何やらでバリケードまで作っていたらしい。
しばらく怯えながら待っていたら……戸が開いて、憔悴しきったヴァンドリックがその顔を見せたのだった。
オレ達がどうにか中に入ると、また、ガタン、ゴトンとバリケードを作って。
荒れ果てた寝所の中で、唯一無事な寝台に腰を下ろし、ヴァンドリックはオレ達に言った。
「何ぞ、私に言う事はあるか?」
「……何卒、僕の関係者の命だけはお許し下さい。全ての責任は僕にあります故」
ドン!とヴァンドリックは足踏みをした。
ビクッ!とオレ達は震え上がる。怖い。
「他には?」
「長きに渡り、隠していて、誠に申し訳ございませんでした……」
「それで?」
「僕の命を以て償います故、どうか帝国の皇帝としてのお務めに戻られますよう切にお願い申し上げまする――」
どうにか車椅子に乗ったまま頭を下げたオレ達の頭上から、冷酷な声が降ってきた。
「……全て、不正解だ」
……ヤバい。
帝国十三神将がオレ達を脅したのとは次元が全く違う。
この人は実際に帝国の臣民の処刑に関する一切の権限を持っているのだ!
拳が白くなるくらい握りしめ、ガタガタと震え脂汗をかきながらオレ達は哀願する。
もはやその他に――この人の慈悲に縋る以外にオレ達に手は残されていないのだ。
「どうか、どうか!僕はどのような刑でも受けますが故、関係者だけには――!!!!!」
『ヴァンよ、その辺にしてやれ』
精霊獣ロードが現れて、呆れた声を出した。
『このままでは自害もされかねんぞ』
「……ハァ」
顔も上げる事が出来ないオレ達に、信じられない言葉がかけられた。
「ずるいぞ、テオ!」
「あの武術は『ガン=カタ』と言うのか?どうして今までテオ一人でやっていたんだ!ずるいじゃ無いか!私だって闇に隠れて悪を撃つ仮面の者をやりたかったのに!テオの独り占めなんてずるい!ずるいずるいずるい!私にもやらせろ!」
……。
……。
オレ達はしばらく放心状態だった。
『脅かしすぎだ。完全に呆けているぞ』
呆然としすぎて……頭が首から落ちそうになりながらも……どうにか目線を上にやった時、ヴァンドリックは駄々をこねながらロード相手に文句を言い出したのだった。
「だって羨ましかったんだ!あんな格好いい武術を見たら誰だってそう思うだろう!?しかも正体不明の正義の味方なんて、もっと格好いいと相場が決まっている!なのに私に隠していたなんて、ずるすぎてどうしても許せないのだ!」
『ヴァンよ、お前はこの帝国の君主なのだ。幾ら望もうとお前にそれは許されぬ事であるぞ。何よりそのような子供じみた理由で三日も引きこもる等、恥ずかしくは無いのか!』
正論の一喝、お見事です。
「確かに、恥ずかしいは恥ずかしいが……」
『ならば今すぐ外に出て行け、誰もがお前を待っているのだから』
「いや、『誰と聞かれたら応えてやろう』『ガン=カタを愛する者として!』等とクサい決め台詞を吐く者ほど恥ずかしくは無いぞ?」
「あっ……うっ……」
……止めてくれ、刺さるから。もの凄く刺さるから。ダメージが大きすぎてオレ達が二度と立ち直れないから。
兄上は……だから嫌だったんだ!絶対に兄上だけには『シャドウ』である事を秘密にしておきたかったんだ!兄上はいつだって僕に対して非常にややこしいから!
「しかし何時までも引きこもっていると腹が減るな。どうだテオよ、一緒に食事でもどうだ?数年ぶりに兄弟水入らずで向かい合ってとくと話し合おうでは無いか」
そこでヴァンドリックはニヤーッと笑い、
「いや――今や『ガン=カタ皇子』であったな、テオよ?」




