第289話 さようなら、またいつか
それから、結局――無理しまくった所為で一歩も歩けなくて、「重たいですぜー」なんてブーブーと文句を垂れているゲイブンに背負われながら、どうにかオレ達も聖地から階に出た所で、辺りが昼間のように明るくなった。
思わず誰もが月を見上げると、聖地が月へ、月虹の架け橋を渡るかのように登っていく所だった。これほどに月が明るいのに、どうしてか星が酷く美しく燦めいていて、夜空の全てが最高神達の帰還を歓迎しているようだった。
「あ……」ゲイブンが小さな声を出す。「あっちに、行っちゃったんですぜ……」
――一つ、また一つと流れ星が降り注ぐ。それはやがて星の雨のように夜を鮮やかに染め上げ、やがて――聖地もその中に消えていったのだった。
……。
意識を取り戻した時、そこは病院の味気ない病室の中のベッドの上だった。手首は少し痛いくらいで済んでいたけれど、ただただ、胸の中にあまりにも巨大な喪失感だけがあった。
ゆっくりと起き上がって、呆然と、窓から外を眺める。
見慣れた故郷の川縁に植えられた桜が、朧月の下、風も吹いていないのに散っている最中だった。
そうだ。――トオルが死んだのも、去年の今頃だった。
「……なあ」
涙がこぼれた。
「どうして、こっちに連れ戻したんや……」
もはや親友も愛する家族も誰もいない――彼一人きりの孤独な世界に。
それが、彼の罪に対する最大の罰だとでも言うのか。
「うあ、ああ……!」
彼はシーツを握りしめて、声を殺して泣いた。
もはや誰にも言った所で信じて貰えないだろう。
薬を処方されてカウンセリングを受けて、それでお終いだ。
でも、俺には確かに――あの世界の宿敵になってでも守りたい家族がおったんや。
その家族を、守れなかったんや!
大好きだったのに。
トオルと、同じくらいに。
愛していたんや。
彼はまだ気付かない。
身寄りの無いはずの彼が東京の病院ではなく、故郷の病院に転院していた理由を。
枕元に置かれたスマホには通知が入っていた事を。
『トオルのスマホ、勝手に見てごめん。
でも、目が覚めたら連絡下さい、マヤより。
※研修中ですぐには返事できないかもだけど、退院したらみんなで焼肉行こう!』




