第287話 体も、心も、魂も
ユルルアちゃんを『閃翔』達に託してヴェロキラプトルを追った先。
『揺籃』の奥底に、アルアは生きても――存在していなかった。
もしもそこに家族が存在して、かつ彼もしくは彼女が生きていると仮定する場合に――肉体も魂ももう無くて、残っているのは遺影だけなのに、それでもまだ『生きている』なんて表現して良いんだろうか。
……違う。オレのかーちゃんやねーちゃんのあの悲しみを見た後だから、オレにも分かる。
今でも家族だからこそ、『まだ生きている』『存在している』と表現しなければ、とても耐えられないんだ。
『アルア・ユトゥトゥゼティマルトリクス』を此の世に繋ぎ止めている最後の縁は、遺影代わりの――『全ての固有魔法の太祖』としての存在性と、ヴェロキラプトルとの間に作り上げた思い出の記録、それだけだった。
此の世の理の外にあるその全てを、ヴォイド越しに吸った魂と、ヘルリアンの魔力で辛うじて維持しているのだ。
「来たんか」
「来たさ」
アルアの肉体も。
その心も。
いや、魂さえも、もうこの世界には無い。
オレ達が入ってくると、ザワザワと『揺籃』がさざめいた。
「……ねえノリ、誰が来たの?」
「俺のかつての親友や。ちょっと男同士話す事があるさかい、少し眠っといてや」
「うん、またお話……聞かせてね!」
――静寂に覆われた『揺籃』の中。
ヴェロキラプトルとオレ達は、黙って二丁拳銃を構え合う。
「懐かしいなあ?」ヴェロキラプトルは目を細めた。「何度も公園でこうやって……ガン=カタの真似したなあ?」
まだ覚えていたのか。ノリも。
「あの時は、幸せだったな」
「幸せなんて無いなってから初めて分かるもんや。トオルが死んだ後の俺も、そうやった。親がクソだった俺がお笑いやるって夢なんて持てて追いかけて笑っていられたのは、全部トオルやおばさんやマヤ姉さんのおかげやったんやから」
「元気なのか」
「知らんのや。俺トオルが死んでもうてすぐに東京に行ったさかい、何も。でも俺が手首切った時はよう覚えとるでー、暗い部屋ん中でスマホ見てて、でも何やろ……突然全部に疲れてもうてな、空っぽになったんや……。
で、その時『助けて』ってアルアの声に呼ばれて、それっきりや」
「神々の血雫は、ノリが作らせたのか」
「帝国の頼みで大本の『従属の首輪』を作ったんが体があった頃のアルアやったからな?『神々の血雫』『神々の血雫・戒』『神々の血雫・赫』までは円環の形やけど、『神々の血雫・想』は世界を束縛する円環の礎になるさかい……諦めてや?」
「なあ、ノリ。……本当は分かっているんだろう」
もうアルアが何処にもいない、その現実だけがこの世界にあるって事を。
ノリがアルアを追い求めた結果が、『これ』なのだと言う事を。
「分かっていても、無理なんや。トオルに続いてアルアまで失う事だけは出来へん」
「そうか」
次の瞬間、オレ達は同時に動いていた。
「ガン=カタForm.20『ジャッジメント』!」
「ガン=カタForm.4『エンペラー・リバース』!」
魔弾で魔弾を弾きながら接敵し、肉弾戦と言うべき近距離で撃ち合い、殴り合う。
命のやり取り、死闘だが、お互いに一歩も引かない。
もうオレ達には引いた先なんて何一つ有りはしないのだ。
魔弾を放つ度に手が痺れ、衝撃で肩が外れそうになる。
最適な型を選び相手の型を崩し、銃口から弾道を予測して回避、かつ銃弾を撃ち込んで仕留める!
「ガン=カタForm.13『ザ・デス』!」
「ガン=カタForm.20『ザ・サン・リバース』!」
まだだ、まだ押すぞ、トオル!
当たり前だ!ここからだぜ、相棒!
この世界の武術と銃を実践的かつ合理的に組み合わせた、最強で無敵、最高に格好良くて最愛の零距離近接戦闘術『ガン=カタ』。
――それが、オレ達の目指した目標なのだから。
「ガン=カタForm.21『ザ・ワールド』!」
「ガン=カタForm.21『ザ・ワールド・リバース』!」
――勝負が付いた。
オレ達は、お互いの脳天に同時に狙いを定めて、同時に引き金を引いたのだった。




