第286話 始まりのエルフの代理人
聖地の最深部。いや、天頂と言えば良いのか。
そこにはユルルアちゃんが一人横たわっていた。
「ユルルア!」
咄嗟に駆け寄ろうとするテオをオレが制する。
待て、違うぞ。
何が――!?
「流石にそう簡単に騙されてはくれへんわなあ」
床からヴェロキラプトルが生えてきてユルルアちゃんを抱き起こすと、ユルルアちゃんは妖艶にヴェロキラプトルの腕の中で微笑んだ。
「アルア様の『代理人』として、私はこの者を処断しなければなりません。――極刑です。ただその死でこの大罪を償うのみ」
誰だ、コイツは。
……『始まりのエルフ』の『代理人』、だそうだ。
「――!!!!」
テオの頭にこれでもかと血が上ったのが分かる。
最愛の人と言う存在を通り越し、ズブズブに依存しまくっている先のユルルアちゃんを奪われてテオが大人しくしている訳が無い。殺気と殺意の塊になった。
でも今はオレが必死に抑えているので、辛うじて動かないだけ。
「……だ、そうや。トオル、悪く思わんといてな?俺の差し出した手を拒んだトオルが悪いんやで?」
『ユルルアちゃんに、何をした?』
「これが何か分かるか?」
ヴェロキラプトルはユルルアちゃんの髪の毛をかき分けて、頭蓋骨にチップが埋め込まれているのを見せつける。……オレの理性も崩壊まで秒読みになった。
人を笑わせる事に情熱と命をかけていたノリが――ここまで落ちぶれたなんてな!
「アルアの『代理人』は不老不死の人工知能や、この聖地の『クリフォト・システム』と一体化しとる。さっきも帝都目がけて『マステマ・ジャッジメント』を撃ってくれたんやけど、何せ精霊獣ロードの結界で跳ね返されてしもうたんや」
せやけど、とヴェロキラプトルは肩をすくめて見せた。
「それまでこの子、えろう抵抗してな?絶対に『シャドウ』が助けに来てくれるからってしつこく暴れまくったんや。でも話した通りに『代理人』は聖地のシステムそのものやから、跳ね返りを受けて心が完全に焼かれてもうたみたいでな?すっかり大人しゅうなったんや」
――テオが何かを叫びながらヴェロキラプトル目がけて襲いかかる、だがそれを迎え撃ったのはユルルアちゃんだった。
両手に毒液を滴らせている短刀を握りしめて。
「貴様には可能か?この私を殺傷せしめる事が」
「『黙れ、黙れ黙れ黙れええええええええええええええええええええ!!!!』」
組み合うオレ達の顔目がけて、『代理人』は吐息を吐きかけた。
それだけで道化師の仮面が跡形も無く溶解して、顔中を激痛が襲う。
ユルルアちゃんの固有魔法の『劇毒』だ!
オレ達は咄嗟に彼女に頭突きをして、その隙に距離を取った。
「……殺傷せしめる事が可能だと判断した。ヴェロキラプトル様、ここよりお離れ下さい」
『代理人』は短刀を手に当てて、そのまま指を切った。
「ん?何をするんや?」
「この部屋全域を猛毒で満たします」
「別にええけど……終わったら呼んでや?」
ヴェロキラプトルが部屋の壁に飲み込まれて消える。
「承知」
『代理人』は指に浮かんだ血の雫を、口に含んだかと思うと――毒霧のようにまき散らす。
「がッ!?」テオが突然立てなくなってうずくまる。『リベリオン&レヴナント・ジョーカー』を手放して、喉を押さえてのたうち回る。「がは、がはッ――」
「呼吸器を毒ガスで焼かれる気分を聞こう」
恐ろしい威力だった。
……これが神経毒だったら、テオでも即死していたな。
「……僕、は」目からも鼻からも耳からも口からも夥しい血を流しながら、テオは叫ぶ。「ユルルア、だけは――!!!」
「それはどうしてだ?理由を聞こう。今後の判断材料にしたい」
『今後なんてあるか、貴様に!』
オレこと精霊獣ジョーカーが『代理人』の根幹である『クリフォト・システム』の心臓部にたどり着いたのは、その瞬間だった。
テオから離れる間の事が心配だったが、それでもやるしか無いとテオに言われたら、オレもやるだけだ。
『なあ、聖地ってのはヘルリアンから集めた魔力で保っているんだろう?だったらその流れをオレが「逆流」させたら――どうなると思う?』
「――け、計算が!」
『間に合わせるかよ!』
オレはありったけの魔力を『クリフォト・システム』の心臓部にぶち当てた。
人体で言えば、生きている人間を電気椅子に座らせて処刑したのと同じ事、パソコンで言えば電源部から雷が侵入したのと同じ現象が起きる。
「……」
しばらく固まっていたユルルアちゃんが、パタリと卒倒したのを、テオはどうにか手だけを伸ばして頭を打ち付けないように防ぐ。その時にはオレがテオの体に戻って、ユルルアちゃんを支えて座り込んだ。
「ユルルア、僕の、僕の……!」
テオはユルルアちゃんに縋って泣いた。
さっきのアレでもうオレ達の顔面は十分にグチャグチャなのだが、もっとグチャグチャにして子供のように泣いた。
拗らせすぎだよ、相棒は。
うるさい、うるさい……。
あんまり泣くなよ。
無理だ、僕の、最後の、『大事』だから。
「……う」
ユルルアちゃんが小さく呻いた。オレ達は必死に名を呼ぶ。
「ユルルア、ユルルア……!」
「……テオ様……?テオ様!」
ああ、ちゃんとオレ達だって分かってくれるんだ、彼女は。
「遅くなって、済まない」




