第285話 再戦
目映い光を放って、結界は『マステマ・ジャッジメント』から放たれた破壊魔法の一撃を防ぎきり、その一部を聖地に跳ね返した。
聖地に激震が走り、底部から黒煙が上がる。
「っ……!」
『流石に、もう……限界……』
ロウが仰け反り、パーシーバーがぐったりと座り込む。
ヴァンドリックとロードは険しい顔のまま、聖地を見上げている。
『一度は防いだぞ、だが――』
「まだ聖地は墜ちていない!」
「サルサ姉様、どうしよう……!?」
ありとあらゆる警報がけたたましく鳴り響く。
「駄目よタルタちゃん、ヴェロキラプトル様の前で逃げる事だけは――」
ハイエルフ達の余裕の表情が消えている。
どうやら何かの想定外が発生したようだ。
ならば!
「――ガン=カタForm.11『ジャスティス』」
オレ達が先陣を切って戦いを始めた。
「――行きなさい、『タイラント・ゼノ』!」
「――殺して、全部殺してよ、『スレイブ・アモル』!」
4対2の乱戦が始まる。
「ここは任せて先に行け、『シャドウ』!」
『閃翔』が叫んだ。
「助かる!」
オレ達は『タイラント・ゼノ』と『スレイブ・アモル』の間を掻い潜って、巨大な扉の前に立った。
背後から隷械獣やハイエルフ達が襲いかかってくるが、それは氷の壁に阻まれる。
「……させん!」
そのまま背後では激しい戦いが繰り広げられているようだ。
オレ達は深呼吸して、『リベリオン&レヴナント・ジョーカー』にありったけの魔力を込めた。
――やるぞ、相棒!
ユルルアを取り戻す!
轟音と共に扉を撃ち抜いてこじ開け、とうとう『揺籃』の部屋の中に足を踏み入れたのだった。
「思い出すな、あの時の事を!」
『タイラント・ゼノ』の攻撃を全て回避し、隙あらば切りつけて翻弄しているギルガンドは楽しそうにヴェドとモルソーンに声を掛ける。
「精霊獣タイラントと戦った時の事だな!」
一方モルソーンは『屈強』の加護と固有魔法の『剛化』を存分に活かし、『スレイブ・アモル』の攻撃を全て受け止めながら反撃の鉄拳をたたき込んでいる。160数発目を顔面にたたき込んだ所で、『スレイブ・アモル』はとうとう一瞬だけ姿勢を崩した。その隙に背後からギルガンドが『スレイブ・アモル』の首を跳ね飛ばしているし、ヴェドがトドメとして全身を炎に包んでいる。
「いやあああああああああああああああああっ!!!」
タルタの金切り声が響いた。
頭を押さえて、白目を向いて口元を痙攣させている。
「私が!私の半分が、消えて……消えて無くなってしまう!!!!こんなのは嫌あああああああああああ!」
サルサは咄嗟に妹を抱きしめた。
「タルタちゃん!駄目よ貴女までいなくなっては!――ここまで二人でやって来たでしょう!しっかりして、永遠の命までもうすぐなのよ!500年以上かかったけれど、もうすぐなの!」
「……さ、サルサ姉様」タルタは姉の腕の中でぐったりと力を無くしていく。「姉様……だけでも……」
そして、ずるりと彼女の体は姉の腕の中から滑り落ち、動かなくなった。
「タルタちゃん……!?」
もう返事もしないし、生意気な口を利く事も無い。
姉に仕事の大半を任せて、専ら磨いていた美貌も意味が無くなってしまった。
後は朽ちて果てて、消えていくだけ。
「……どうしてこの世界は私達エルフから奪うばかりで、何も与えないのかしらね……」
サルサは扇で口元を覆っていたが、その扇が震えだした。
「……ふふ、うふふふふ……」
彼女は扇を投げ捨てると、『タイラント・ゼノ』を呼んだ。狂喜の表情を浮かべていた。
「私を喰らいなさい、『タイラント・ゼノ』!従える者の血肉と一つになって、この者達を殺すのよ!」
「「「?!」」」
目を見張る3人の前で、瞬く間にバリバリと音を立ててサルサは喰われてしまった。
――そして、『タイラント・ゼノ』は変質する。
背中を突き破って豪腕が二本生え、眼球が分裂して八つほど増えた。体は縦に引き裂かれて、引き裂かれた所全てに牙を生やした巨大な口顎となり――完全な異形、怪物、悍ましい獣へと変貌したのだ。
「……まるでパペティアーのようだ」
ギルガンドは刀を構えつつ、呻く。
「『パペティアーァアアアアア?』」
それは、咆哮のような甲高い笑い声のような不気味な産声を上げた。
「『それハあああああああああァ、違うワヨオオオオオオオオオオオ』」
「『アレのお、隷械獣としての名前ハアアアアアアアアア、【ディノニクス】よおおおおおおおおおォ?』」
それは六つん這いになって彼らに襲いかかる。
「『私タチハアアアアア』」
「『生きるためニイイイイイイイイイイイイ』」
「『生きたかっタノオオオオオオオオオオオオオ』」
「ここまで怪物に落ちぶれてくれたのなら、こちらとしてもやりやすい」
ギルガンドが閃光のように動いた。増えた豪腕二本が一閃に跳ね飛ばされ、『ディノニクス』の突進速度が下降する。
「精霊獣タイラント相手の時は、まだやるせなさがあったが――」
そのままモルソーンが『ディノニクス』の突進を受け止め、ヴェドの大剣の一撃が逆に弾き飛ばす。
「……もはや、慈悲も躊躇も必要無い!」
――壁に張り付くようにしてどうにか体勢を整えた『ディノニクス』は、そのまま蜘蛛が逃げるように天井に張り付いたが、それは3人も織り込み済みであった。
モルソーンが床を殴った衝撃派を受けて天井が揺れ、そこにギルガンドが斬りかかった弾みで転落、そして転落した先には、ヴェドの生み出した巨大な氷柱があったのだから。
「『――グアギャア!!!!!!』」
串刺しになった『ディノニクス』は、手を伸ばした。
もう動かないタルタの方へ。
「『一緒ニ……ずっと……生きたかッタ……ダケ……ナノニぃ……』」
そして、事切れた。




