第27話 堕ちても堕ちて
「ブンちゃんったら、あなたの事が好きみたいよ」
夜が最も暗い頃――娼婦にとっては最大の稼ぎ時の真夜中が終わった後だった。
一番仲の良い娼婦に囁かれて、えっ!と思わず声を出してフェーアは驚いていた。
「まさか、そんな、」
「そのまさかよ!ブンちゃん本人が笑顔で言っていたんだから間違いないわ」
「でも、どうして」
「さあ?本人に聞けば良いじゃないの」
「どうせ若気の至りよ……」
「それはそうかも。だって私達を身請けする財力も無いのに好きだなんて……笑ってしまうものね」
そう笑うと親しい娼婦は、軽く酔い覚ましの水を飲んだ。
この娼婦の休憩のための一角では、他の娼婦も疲れていて、てんでにうたた寝する者、化粧を落とす者、談話する者と様々だ。
「たまにいるわよね、好きだなんて気持ちだけで現実がどうにかなるって思う男。責任なんて何も取れないのに、好きだ好きだって頭の悪い行動ばかりして。その『好きって気持ち』にも相応の責任が必要なのにねえ」
「……そうよね、本当にそう」
この世界に責任が必要でないものなんて存在しない。フェーアはそれを身に染みて理解していた。家族からの愛情でさえ、そうなのだから。
「ああ、やだやだ。私達が『君が好き』だの『人の気持ち』なんて浮ついたものをアテにする連中の話なんかしたってね、何の稼ぎにもならないわ―」
「ブンちゃんに断ってくるわ……迷惑だって」
「それがね、フェーア、今は駄目なのよ。今日の昼頃よ。ブンちゃんったら、ロウさんの方でしばらく用事があるって、尻尾を丸めてトボトボと帰っちゃったわ」
「あ、そう……」
どうしてか、僅かにだけ安心してフェーアが頷いた、その瞬間だった。
「フェーアを出せ!」
聞き慣れただみ声が、響いた。
「親不孝者の娘は何処だ!借金をどうして――」
『フェイタル・キッス』の表口前で揉めているのが、ここからでも気配で分かる。
青ざめて震えるフェーアを庇うように抱きしめた者、いきなりの事に飛び起きて慌てる者、騒動に怯える者。年配の者が非常用の鈴を鳴らした。
すぐさまマダム・カルカが夜色の美しい衣装の裾をさばく余裕もなく、階段を駆け下りてきた。
「フェーアをここから外に出すんじゃないよ」
震える声で娼婦達が返事をする。
「気をつけて、マダム!」
「いつものように追い払って下さい!」
「何でブンちゃんったらこの時にいないのよ!」
……マダム・カルカが表口の方で毅然と対応する、その喧噪が伝わってくる中。
娼婦達が身を寄せ合って息を潜めていた部屋の窓が――バン!と外側からいきなり平手で叩かれた。
あまりの事に、絹を引き裂くような絶叫が誰彼の口からもほとばしった。
「フェーアがいたぞ!ここにいた!」
血走った目の老婆が、息子と思しき男に肩車されて、窓の外にいた。




