第277話 彼の宿願、彼の原因③
タルヤンは最前列でテオドリックの処刑の様を見ていた。
処刑の後で彼も後を追いかけようと思って、懐には短刀を偲ばせていた。
此の世で最も残酷な拷問の一つが、愛する者を目の前で虐げられた上に殺される事だとしたら、タルヤンは目をそらさずにそれを味わったのだ。
テオドリックは一度は死んだ。
タルヤンはその死に顔を見た後で、しばらく放心状態で処刑場で佇んでいた。
「……あのー」
そこに声を掛けたのはやたら胡散臭いハイエルフの女であった。
遠い数十年前の事なのに鮮明にあの屈辱が思い出されて、タルヤンは総毛立った。
「殿下のお知り合いだったんですかー?」
「……もう、手遅れだ」
死んだ者は戻ってこない。タルヤンもまた、引き返すつもりは無かった。
「……実の息子相手に、ここまでする必要ってあるんですかねー……」
「私にも分からない……」
タルヤンは懐の短刀を握りしめる。もう、問答さえも彼には必要なかった。早く後を追いかけねば――。
「よ、蘇った!?」
「馬鹿な!確かに心臓が止まったんだぞ!!!?」
――咄嗟に処刑場を見たタルヤンの前で、
「テオ、テオ!」
と皇太子の悲痛な叫びが聞こえ、即座にミマナ姫によって金貨がばら撒かれた。
「皇子テオドリックの『亡骸』を渡すならば、後でこの倍の金貨をやりましょう」
処刑人達は少し沈黙した後で、
「なあ……おまえ、この仕事がいつまでも続くと思うか?」
「このままじゃ、最後に鞭で打たれるのはオレたちだよな……」
小声で、何度か頷きあった。
「『渡した後で蘇生した』ならオレたちのせいじゃない」
「ああ、そうしよう」
「……殿下……」
何の感情かも分からないものが胸に広がり、タルヤンはそのままくずおれる。
またしばらく放心状態だったが、
「御側にいなければ――」
と我に返って立ち上がった時だった。
「ハルハ様!」
エルフ族の年若い神官が駆けつけてきて、やたら胡散臭いそのハイエルフに報告する。
「聖地から皇子の亡骸についての緊急命令が――」
ハイエルフは一蹴した。
「コルコ、第十二皇子殿下は蘇生したんですよー」
「ですが聖地は亡骸の埋葬準備を既に整えております」
……おかしい。
違和感に気づけたのは、タルヤンがかつてハイエルフ共に虐げられた過去を持っているからだった。
彼で無ければ、『仕事が早いものだ』と嫌味たっぷりに考える程度で終わらせていただろう。
帝都の聖奉十三神殿に葬られるはずだった殿下の埋葬準備を、どうして聖地が行う必要がある?
「幾ら処刑したとは言え、生きた皇族の身柄を引き渡せ等と言う要求を、『赤斧帝』が大人しく受け入れると思うのですかー」
「それでも、最高大神官サルサ様のご命令なのです!」
エルフは悲鳴を上げるように言うと、ハイエルフは溜息をついて、
「私が行って説得しましょうー。聖地へ上がる連絡を頼みますー」
「は、はい――」
エルフが去った後、ハイエルフはもう一度処刑場を見て、呟いた。
「幸運でしたねー、第十二皇子殿下……」
やはり――。
僅かな違和感が見る間に膨れ上がり、彼の中で無視できぬほどに固まっていく。
あの残酷な処刑の有様を見たのに、『幸運でしたね』なんて声を掛けるのは、あり得ない。
「待て」思わずタルヤンは彼女に声を掛けていた。「エルフは何を考えているのだ」
「……下等なニンゲンに言った所で理解は出来ませんよー」
そのまま去ろうとしたハイエルフにタルヤンは告げる。
「リャンターと言う人間の少年に覚えがあるだろう、ハルハ」
ハイエルフは振り返った。
懐かしいような、痛ましいような目で彼を見て、
「そうだとしたらー、今更、私に何の用ですかー?」
「どうしてあの時、私を助けた?」
「同胞に搾取されるだけのニンゲンの少年が哀れだったから。それだけですよー」
「……あの時、ハイエルフ達が言っていた。ニンゲンは下等な種族だと。表向きは聖職者などと謳っているが、エルフ達は……堕落しているのだな?」
「どうでしょうねー?」
曖昧に答えられて、タルヤンは確信した。
堕落しただけでは無い、エルフは何かを企んでいる。
何かは不明だが、とても大きな陰謀を――。
「ところで、聖地と今の帝国が戦ったならば……どちらが勝つと思う?」
ハイエルフはしばらく答えなかった。
ややあって、答えの代わりに天空を見上げた。
「やはり『そう』か……」とタルヤンは理解する。
「じゃあ、私は忙しいのでー」
去ろうとする彼女の背中にタルヤンは声を掛ける。
「どうも貴様はただのハイエルフでは無さそうだ。――助けられた礼もある、協力したい」
「先、生……?」
意識が朦朧としているテオの手を握り、タルヤンはとても優しい声で話しかけた。
これがテオとの永遠の別れであったとしても、テオに対する最大最悪の裏切り行為であったとしても、タルヤンの根幹にあるのはテオへの愛情だけだったから。
タルヤンはもうすぐこの帝国城を離れて神殿に入る。
そうすれば、彼は帝国の――否、この世界の敵の仲間に成り果てるのだ。
彼らの計画が成功してもしなくても、彼の行き着く先は処刑場か、地獄の底のどちらかでしかない。
「強い言葉や分かりやすい言葉は人々にとって魅力的で分かりやすく、とても印象的です。でも、果たして真理や真心はその中にあるのでしょうか。殿下、どうか何時までもお忘れ無きよう……」




