第269話 帝都に着いたは良いけれど
ガルヴァリナ帝国帝都ガルヴァリーシャナに夕暮れ近くになって到着したセージュドリック一行は、すぐに帝都の様子がおかしい事に気付いた。何かの非常事態が起きたかのように、人々が怯えて、殺気立っているのだ。
「どうしたんだろうね……?」
「さあ……?」
「火事か何かあったんじゃないか?」
とは言え、彼らは長旅で疲れているため、立ってばかりもいられない。帝国城を目指して歩き出す。
帝都は、ホーロロ国境地帯とはまるで違う有様だった。どこもかしこも人、人、人。建物、建物、建物。馬車、人、牛、馬、人……。
「セージュドリック様……」
ジュイがとうとうしゃがみ込んでしまった。
「ひ、人がいっぱいすぎて、気持ち悪くなってきました……」
「分かった、ほら」とセージュドリックは屈み込んでジュイに背中を見せる。
「セージュドリック様……?」
不思議そうなジュイに、セージュドリックは言う。
「おんぶしてあげるから、ほら。帝国城に繋がる、大通りに出たら、もっと人混みが凄いんだよ」
「……。えいっ!」
少しためらった後で、ジュイはセージュドリックの背中に飛び付いた。
「わあ!?」
よろめくセージュドリックだが、辛うじて踏みとどまる。
「何!?ジュイ、どうしたの?!」
「何でも……っ、何でも無いですから!」
ジュイの顔が首元まで赤く染まっているのを、それにセージュドリックが気付かずただ驚いているのを、周りの部族衆の大人達や精霊獣ドルマーは微笑ましく見つめている。
「何と言う時にお出でになってしまったのだ、セージュドリック殿下よ!」
……。
帝国城の一室で、食事も水も出されずに散々待たされたと思ったら、ようやっとに彼らを出迎えたのは顔色の悪いレーシャナ皇后であった。
「あ、何か、陛下のご都合が……?」
帝国城の様子が余りにも騒がしいので、セージュドリックはてっきり陛下の体に何か有ったのかとすら思った。
「……レーシャナ皇后様、もはや隠しても利はありますまい」
後ろに従っている官僚が疲労の隠せない顔をして提言すると、レーシャナ皇后は深い溜息をついて、セージュドリックの背後の者達にも顔を上げるように告げた。
美しい顔は、鬼気迫った表情であった。
「『聖地』と帝国は……今や戦いの最中にあるのだ」
「え、ええっ!?」
セージュドリックは驚いたが、それならば帝都の民衆が殺気立っていたのも帝国城がこの有様なのも当然だったのだ、と納得が出来た。
「突如として帝国の支配権を明け渡すように命令してきたかと思えば、キアラカ皇妃達を襲撃し、聖奉十三神殿に集まった民衆相手に『神々の血雫』を雨のごとくばらまいて大勢の人死にを出したのだ……」
『何だと!?』
その場に精霊獣ドルマーが出てきたので、ホーロロ国境地帯の者は我先にひれ伏した。
『エルフ共は一体何を考えているのだ?!何故そこまでの事をする必要がある!』
レーシャナ皇后は首を何度も横に振って答えたが、言葉では冷静に言った。
「……その手がかりを今、探らせている所なのだ。悪い事は申しませぬ、殿下がたは直ちにホーロロにお戻り下され。今回の敵は、天空の『聖地』でありますが故……」
「レーシャナ皇后様!」そこに走ってきたのはこれまた青い顔をした宦官である。「先ほど『財義』達が戻りました!無事手がかりを掴んで参ったのですが、それが、それが!!」
「落ち着け、もはや慌てても何も事態は良くはならぬ。何があったのかを申せ」
レーシャナ皇后は宦官の肩を優しく叩いて、なだめた。
すると宦官は顔の冷や汗を拭い、震える唇で告げる。
「『聖地』の敵は『帝国』に非ず!『聖地』の兵器『マステマ・ジャッジメント』にて――『この世界』を滅ぼすつもりでございまする!」
「「「『!?』」」」




