第267話 囚われのユルルア
気絶しているユルルアを抱きかかえて、しかもタルヤンを連れて怪盗アルセーヌが聖地に戻ってきた時、サルサとタルタは文句を言いたい顔つきをしたが、何も言えなかった。
いけしゃあしゃあとこの聖地にニンゲンを連れて入る等――と内心では苛立たしく思っているのだが、それを口にすれば今度こそ『処分』されてしまうだろう。
「ナルナは何処や?」
帰ってすぐに、怪盗アルセーヌは聖奉十三神殿の最高責任者を呼んだ。
「御前に」
エルフはほぼ見た目では判断が難しいので、衣装や冠の色で見分ける事になっている。
彼の目の前のエルフは聖奉十三神殿の最高責任者の衣装を着ていた。
「さっきのアレで、幾ら魂は集まったんや?」
集まった民衆相手に『神々の血雫・赫』をばらまいた一件である。
ナルナは冷静な声のまま答える。
「ヴォイドを含め数百と言った所です」
あかんあかん、とアルセーヌは落胆したようだった。
「全然駄目やなー、ドワーフの時より足りひんやん。やっぱりエルデベルフォーニやザルティリャみたいに国単位で滅ぼさんと、アルアは維持できへんやん……」
「では、例の計画を急がれますか?」
「もっとあかんわ。聖地作ってからここまで数千年やで?今更焦って台無しには出来ひん。それより俺が盗ってきた『遺宝』の分析は終わったんか?」
「順調に進んでおります。明日には新たにこの聖地の制御機構に組み込む手筈となっております」
「ならええわ。とにかく今後の行動は、全てのハイエルフに『隷械獣』が行き渡って、『マステマ・ジャッジメント』を3発は放てる魔力が蓄蔵されてからや」
「帝国への正式な宣戦布告は如何しましょう」
「なーんも必要あらへん。だってもう数日で、帝都どころかこの世界が滅ぶんや。逆に往生際が悪うて暴れられたら面倒やで?」
「承知いたしました」
ナルナが下がった所で、タルヤンを連れユルルアを抱えて怪盗アルセーヌは聖地の最深部に向かう。
「アルア、待っとれよ。必ず俺が助けたるからな……絶対に!」
ヌスコは血相を変えて『黒葉宮』に駆け込んできて、ユルルアちゃんの名を大声で呼びながら辺りを探した。
「ユルルア!ユルルア!何処だ!?」
「ヌスコ……これを」
オレ達が手紙を差し出すと、ほとんど引ったくるようにして中を改め、戦慄きながら、膝から崩れ落ちた。
「私が!怪盗アルセーヌの調査をしていたからか!!!!」
後から追い付いた宰相のカルポが、何度も床を殴りつけるヌスコを苦労して制止した。
「ヌスコ殿、お気持ちは分かりますがここは冷静に。されど、どうやって聖地に潜入したものか……」
帝都上空に浮かぶ聖地リシャデルリシャは、聖奉十三神殿であんな大事件を起こした後で階を引き上げた。
仮に空を飛べたとしても幾重にも展開された防御障壁を突破して、内部に侵入するなんて……どうすれば良いんだ。
畜生!
僕達が油断した所為で、ユルルアが!
「……」ヌスコは起き上がって乱れた髪や衣服を整えると、何時ものように冷酷な声を出そうとしたが、僅かに震えているのは隠せなかった。「一度陛下にご報告しよう。直ちに対策を練らねばなるまい……」
……。翌日の夜、オユアーヴが工房から大きな鏡を抱えて出てきた。
「これで良いだろう」とご満悦の顔をしている。
実際、見事な銅鏡だった。オレ達の顔や『黒葉宮』の部屋の様子が良く写っている。
オレ達はチップのコピーを手にして頷いた。
「早速、これを再生してみよう」
ロサリータ姫やマスコット、クノハルもすぐさま集まってくる。
「ええ!もしかしたら聖地に入る手がかりがあるかも知れないもの」
それに、とロサリータ姫は言葉を続ける。
「テオ様は絶対に、何があっても、ユルルアを助けに行くでしょう?私の時だってそうだったもの。早く行ってあげなきゃ、彼女だって不安で仕方ないわよ……」
「何だと!?」
クノハル伝いに、ユルルアちゃんが拉致された事を今更知ったオユアーヴが驚いている。
「何も……気付かなかった……済まない」
良いんだ、オユアーヴはそうだろうと分かっていたから。
いや、気付く方がおかしいんだよな……。
クノハルもオレ達を見て、呆れた顔で頷いてみせた。
「罠ならば『睡虎』もあのような手段で残す必要がありません。試してみましょう」
『……ええと……魔力が足りなくなったら、分けてあげるから』とマスコットも言う。
オレ達はチップを握りしめると、再生端子をオレの頭の中で強くイメージした。魔力が凝固して端子の形を形成する。端子とチップを接続してから、鏡に魔力を流し、投影する――。




