第25話 地獄の門は何人も拒まぬ
「片付けておいて」
「へい!」
「お風呂は?」
「もう沸かしてありやす!追加の薪も割りましたですぜ!」
「やだ、ネズミが出たっ!」
「やっつけましたですぜ!ちゃんと処理もしておきますぜ!」
「嫌な客だから追い返しておいて」
「へい、上手いことおだてて帰って貰いましたですぜ!」
「服を繕っておいて」
「出来ましたですぜ!こんな感じでいかがですぜ?」
「ちょっとロウ!」マダム・カルカが声を潜めてロウを詰った。「話が違うじゃないかい!」
「何がだ、マダム?」
「これでもかと雑用を押し付けたのに嫌な顔一つせず、よく働くんだよ!手先も器用で気が利くじゃないか!」
「そりゃそうだ、ゲイブンは働き者だ、トロレト村でもそうだったらしい」
その村の名を聞いた瞬間、長い事『フェイタル・キッス』を取り仕切っている海千山千のマダム・カルカが瞠目した。
「おいロウの若造、今何て言った?……あの地獄村に生き残りがいたのかい!」
が、ロウも驚いていた。
「まさかマダムが知らなかったとは……済まない、俺も予想していなかった!」
「道理であの小僧にゃ、並大抵の仕事なんて屁でもなかった訳だ。この世で地獄を見た後だからねえ……」
ロウは頭痛がした。
「その様子だと、あの馬鹿小僧……間抜けな恋を諦めるどころか……!」
「……今じゃ娼婦の娘達に犬みたいに可愛がられてねえ。アンタを呼び出したのはあの娘達から情が移る前に引き取ってもらうつもりだったからだ。が、気が変わった」
「どうしたんだ、マダム?」
ぺろりと先が割れた蛇舌で彼女が己の唇を舐めると、毒々しいほどの赤い口紅がぬらりと照った。
「この遊郭の中は色欲で燃える火炎地獄だ、いくら涙をこぼした所で静まりゃしない。だがこの底なしの業火の中に飛び込む気概があるのなら、地獄の門は何人であろうと拒みはしないのさあ……」




