第257話 解剖、解読
トキトハを抱えて戻ってきたギルガンドの腕から解放された途端に、トキトハは蛾眉を顰めてオレ達を見る。
「第十二皇子殿下がいきなり容態を崩したって聞いてきたんだが……こりゃどう言う事だい?」
「それは嘘です。トキトハ、貴女の固有魔法は『切開』のはず。この縫いぐるみを切開して、中に何か危険なものが隠されていないか確かめて欲しいのです」
フォートンが告げると、トキトハはますます怪訝そうに、
「この縫いぐるみに刃物でも仕込まれているのか?」
「ハルハがあえて迂遠な方法で我々に向けて遺したものなのです」
――トキトハの顔つきが変わった。
「なるほどね。あの胡散臭いエルフが、ただ同胞に処刑なんてされるはずが無いって訳かい?」
フォートンは、じっとトキトハを見つめて言う。
「その証拠や手がかりが恐らくこの中にある。私達はそう考えているのですよ」
「……。ちょっと借りるよ」
トキトハは薄い手袋をして縫いぐるみを触診していたが、
「……アタリだね、腹の中に何かがある。とても小さいが、何か固いものが……」
そう言うなり、固有魔法を使って縫いぐるみの腹を切り裂き、そこから小さなチップを取り出したのだった。
「こいつは……何だ?」
取り出したチップを紙の上に置いて、丁寧に切り裂いた縫いぐるみの腹を糸で縫ってやりながらトキトハは首をかしげた。
「フォートンでさえ全く知らない物については、アイイナが知っている可能性がある。連れてくる」
またギルガンドは飛び出していった。
「ちょっとギルちゃん!」
『昏魔のアイイナ』は今は美しい高等女官に変装していた。
固有魔法が『変身』なので、男にでも女にでも、どの種族にでも変身出来るのだ。普段はその特性を生かして、皇帝直属の諜報員として活動しているのである。
「何よ、折角ようやく憧れのレーシャナ皇后様達とお話ししていたのに!それとも何なの、アタシと浮気デートでもしてくれるの?」
「冗談も大概にしろ!それよりこれに見覚えは無いか?」
苛立ったままギルガンドが紙の上のチップを指さすと、ふざけていたアイイナの顔つきが険しく豹変した。
「……ギルちゃん、トキちゃん、フォー君。これ何処で拾ったの?」
ギルガンドを宥めつつ、フォートンが説明する。
「斯く斯く云々……と言う訳で、ハルハが何らかの意図があって我々に遺したものなのです」
アイイナは腕組みをして、
「これはね、エルフ族が使う情報記録媒体よ。並大抵の手段じゃ中に入っている情報を解読はおろか閲覧も出来ないの。アタシが聖地に潜入しようとして出来なかったのは、こうやってエルフ族が使う魔法技術が超高度過ぎて、入り口の認証で弾かれちゃったからなのよ……」
「ならばどうしろと!」
余計に苛立った様子のギルガンドの目の前にピシリと指を突きつけて、アイイナは告げる。
「ギルちゃんも吸血鬼って知っているでしょう?吸血鬼の王国ザルティリャには国宝があったの。精霊獣の知識を元に構築した、全ての情報の保管庫とでも言うべき装置よ。そこには代々の吸血鬼達が愛する植物についての知識を大量に蓄積し、必要に応じて蘇らせて利用していたって……」
「確か、ヤハノ草の刻印を刻まれたペンダントですよね?文献で見かけた事があります」
そう言ったフォートンに合わせて、クノハルも頷いている。
――あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
キアラードの妹キアラーセテが身に付けていた、あのペンダントトップか!
「現状、アタシが知っている、恐らくこのチップからどうにか情報を引っ張り出す事が出来るモノに対する情報はそれだけ。レトゥも呼んでおくけれど、きっとアイツでも厳しいわよ。……でもギルちゃん、心当たりがあるのね?」
アイイナが指を引っ込めると、ギルガンドが身を乗り出した。
「『スーサイド・レッド』の党首がそれについては詳しく知っている」
「ああー……なるほどねぇん。じゃ、またアタシが入り用になったら呼んで頂戴ねー」
それだけ告げて、アイイナは去って行った。ギルガンドもトキトハも一礼して、すぐに出て行く。
「『スーサイド・レッド』……ですか」
唯一残ったフォートンが、頭を抱えた。
「これはまた……とんでもない相手が出てきましたね……」
「『賢梟』?」
オレ達が首をかしげると、いつもの慇懃無礼な態度に戻って、
「いえ、何でもありません。御前にて失礼いたしました。それで殿下、レトゥが来るまでこちらを保管しておいては頂けませぬか?」
とチップを指さす。
「それくらいなら構わないが……」
「宜しくお頼みします。急用が出来ました故」
フォートンも足早に下がっていった。
ようやく落ち着きを取り戻した『黒葉宮』で、オレ達は考え込む。
「……クノハル。一体エルフ族は何を考えているんだ?」
クノハルは何があったかを話した後で、顔を暗くして、
「邪な企みである事は間違いないかと。ですが、彼らはハルハについてだけは例外的に信じているようです」
「『信じる』……か」
その言葉は権謀術数にまみれた帝国城とはとことん相性が悪くて不似合いなのに――泥から咲いた蓮の花のようにとても美しいもので、絶対に汚しても無くしてもならないものだと、オレ達も思った。
すぐさまレトゥがやって来た。
「やあやあ、これは不出来な第十二皇子殿下。こちらが噂のハルハの遺品ですかねえ?おやおや、こいつはエルフ族の使う情報伝達媒体じゃあないかねえ!?僕ちゃんも現物を見たのは初めてですよ!」
また変なのが来た……。いやこの場合は、ただの『変なの』と言うと不適切だろう。
この圧倒的に変な男こそが『浮仙のレトゥ』である。れっきとした大貴族の生まれなのに、発明と実験のために先祖代々の家財を全部売ってしまったと言うとんでもない男だからだ。
レトゥは手袋をした手で慎重にチップを取り扱っていたが、やがて固有魔法の『複製』で幾つかチップのコピーを生み出した。
「これが……?」
オレ達も1つ手に取って確かめてみる。レトゥはいよいよ大興奮して、
「そうそう、それがそうなんですねえ!この小さな小さな媒体の中に恐ろしいまでの情報量が詰め込まれているそうなんですねえ!1つ差し上げますから舐めたり噛んだり嗅いだり吸ったりしてじっくりと味わって下さいねえ!」
いや、間違いなくこれはそうやって味わうものじゃ無いだろうが……。
「ああ、うん……」
レトゥは踊りながら出て行った。
オレ達は唖然とその後を見ていたが、ややあって手元に残ったチップを見つめる。
うーん……ん?このチップの端子、何処かで見た事があるぞ。
見た事がある?とするとトオルが異世界にいた頃か?
あっ!ノリとバイト代を出し合ってパーツを買って作った自作パソコンの中にあったヤツだ!
知っているのか!
待ってくれ、オレの魔力で当てはまる端子と出力デバイスを作成してみる。だけど、すぐには無理そうだぞ……。それと再生デバイスが必要になるな。鏡みたいなものがあれば助かるんだが。
ではオユアーヴの力も必要そうか?
ああ。すぐに呼ぼう!
クノハルに呼ばれて来たオユアーヴは、すぐにこう言ってくれた。
「何を打てば良い?」
「鏡を作れるか。四角い鏡を大至急作ってくれ。飾りも何も要らない。大きさだが、この窓くらいはあると助かる」
「1日だけ待ってくれ」
オユアーヴは頷いて、すぐに工房にこもった。




