第246話 イライラ系主人公
「テオの兄貴……そのー、あのー。おいらがつべこべ言えた事じゃないんでしょうけどー」
帝国第一高等学院への通学中。牛を操るゲイブンが、オレ達を振り返って、軽蔑の目で見つめる。
オレ達の背後では、ニコニコしているユルルアちゃんとロサリータ姫が仲良く……しているのだ。
いつも無邪気で陽気なゲイブンからこんな冷たい目をして見られるなんて、堪らなくしんどい。
「ゲイブン、それ以上言うな。そんな目で僕を見るな。これには深い事情があるんだ!」
――コロシアムの一件が終わった直後。
「私の名前はロサリータよ。ロサリータ・マーロウスントゥス、ちゃんと覚えてよね?」
『そうよ、わたしの大事なロサリータに酷い事を言わないでよね?」
黒葉宮にまた居座っているロサリータと精霊獣マスコットと来たら、勝手に台所を使ってお茶まで淹れて飲んでいた。
「殿下……その、これは……」
「俺達はどうすれば良いんだ?」
クノハルとオユアーヴが対応に困った顔でオレ達を見つめる。
「……っ!!」
ユルルアちゃんが車椅子に腰掛けているオレ達の肩を痛いくらいに握りしめて、震え始めた。
「黙れ害虫」
畜生、こんな時にテオの両足が動いたら、ユルルアちゃんの肩を抱いてこの場から去る事が出来ていたのに。
オレがいるから『シャドウ』の時は動けているだけで、無理して普段も歩くと後で痛みが酷くなるのだ。
「あの時私達に『助ける』って言ったのは誰かしら?」
「脳天を一発で撃ち抜かなかったのは僕の重大な失態だった」
「一度助けた相手は責任を持って最後まで面倒を見なきゃいけないのよ?」
「性悪の寄生虫め」
「あんまり酷い暴言を言われたら、私はショックの余りにレーシャナ皇后様に打ち明けてしまうかも。第十二皇子殿下について知っている事を洗いざらい。――なーんてね?」
何が『なーんてね?』だ。オレ達に対する最大の恐喝だろうが。テオはイライラしながら訊ねる。
「何が目的だ」
「言ったでしょう、テオ様……いえ、『シャドウ』ね。私達で『シャドウ』の『助手』をやりたいって思ったの」
「人員なら足りているから今すぐに『重福宮』に帰れ」
「嫌よ?私達は幸せになりたいの」
「どうして『シャドウの助手』をやる事が君の幸せに繋がると考えたんだ」
「面白そうだったから。それに、私達はそれなりに使えるわよ?マスコットの『スキル:カタストロフィー』の威力は身をもって体験しているでしょう」
「『闘剛』と『閃翔』をああも追い詰めた力は認める。だがそもそも信用がおけないし、僕の大事な婚約者を苦しめてまで君達をここに置く訳にはいかない」
「テオ様……」
肩に置かれたユルルアちゃんの手が一層激しく震えたから、テオは手を伸ばして握りしめる。
「僕は君が大事なんだ」
手紙のやり取りだけだったのにあそこまで拗らせたからなー、相棒は。ユルルアちゃんもユルルアちゃんでテオ相手にはとち狂っ――
何か言ったか?
いや、そのままで良いのさ、相棒達は。
「これじゃ私は愛し合う二人を引き裂く悪役どころか、ただの当て馬じゃないの!」
ロサリータ姫は渋い顔をしてお茶を飲むと、
「仕方ないわね、計画その2に変更よ、マスコット!」
何だと、この事態に対応するための計画を幾通りも考えてあったのか!?
『わたしのロサリータ……行き当たりばったりに「計画」なんて作らない方が良いと思うの……』
おい!でっち上げの計画かよ!?
「私達の幸せのための計画よ!行き当たりばったりって言われたらぐうの音も出ないから止めて!」
『ねえ……幾ら羨ましくなったからって……ロサリータだって婚約者が欲しかったら……先にレーシャナ皇后様辺りにご相談した方が良いと……わたしは、思うんだけれど……』
あ、ようやくまともな意見がマスコットから出てきた。
「ぐっ……!」
ぐっ、じゃねえよ。大人しく諦めてロサリータ姫は引っ込んでいろよ。邪魔だから。
『人の物ほど欲しくなるのは、わたしだって分かるんだけれど……奪われた側から、信じられないくらいの恨みを買うから……』
「ぐぐぐぐぐ……っ!」
だから、ぐぐぐぐぐじゃねえんだってば。
今度は包丁に青酸カリが生温いくらいの猛毒が塗られていると思えよ。ユルルアちゃんなら朝飯前、いや当たり前だぞ。
「だって仕方ないじゃない!」げっ、逆ギレしてきた。「助けに来てくれた時に好きになっちゃったんだもん!分かっているわよ、これが邪恋だとか傍惚れだとか横恋慕だとか言われている、本当にろくでもない恋だって!でも嬉しかったんだもん!世界でたった一人、私達の悪い『ジンクス』を本当にやっつけに来てくれたんだもん、どうしたって好きになるしか無いでしょう!?」
「そうやって永遠に子宮で一人恋愛していろ」とテオがドン引きするような事を言った。
お、おお……。これは、凄い威力だな。
なのに、
「こんな酷いことを平然と言われているのにそれでも慕っちゃうのよ?!私にだってどうしようも無いのよーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
こっちはもっとドン引きな発言を投げ返してきたのだった。
ドン引き同士、もう綱引きで勝敗を決めれば良いじゃんとオレが思わず考えたくらい。
「あら」
が、そこでユルルアちゃんが感動したような声を出す。
えっ?!
「貴女もテオ様に救われたの?」
「そうよ……。もう世界に私を愛してくれる人はおろか味方さえもいなくて、このまま永遠に生き地獄が続くんだって絶望した時に……」
「まあ、まああああああああっ!!!」
どうしたんだ、ユルルアちゃんの様子がおかしいぞ!?
嫉妬と激情の余りに一時的に気が触れたのかも知れない。ああ非常にまずい、一刻も早くこのふしだらな女を『黒葉宮』から追い出さなければ――!
「貴女もテオ様の偉大さと素晴らしさを良く理解しているのね!愛人ならば私が許しますわ!」
……………………。
オレ達は人生初めて、リアルでこんな声を出した。
「『……ぽえ?』」




