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【完結】ガン=カタ皇子、夜に踊る  作者: 2626
Final Chapter

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第244話 あの日のように、いつか

 「やあやあフォートン君、下っ端文官とは言え、官職復帰お目出度う!前代未聞の異例の大復活では無いかねえ?」

また発明と研究に没頭するあまりに入浴を忘れていたのだろう。もしゃもしゃの蓬髪を掻きながら、薄汚い上に汗臭いレトゥがひょっこりと地下図書庫に顔を出した時、フォートンは丁度――彼としては珍しい事に歴史書を紐解いていた。

「『毒冠』が働きかけて下さったのです」

「おやおや、あの冷血漢のヌスコ君が?そりゃあそりゃあ珍しい!こうやって聖地が帝都へ降りてくるようなものじゃあないかねえ!」

とレトゥはそこまでは愉快そうに言ったものの、不意に真面目な顔になった。

「聖地が魔力迷彩と魔力障壁を全部解除した。何なら帝国城と繋ぐ通路代わりに今現在、魔力壁を階段状に構築しているねえ。

――さてさて、私はバズム爺様と違って戦のド素人だが、それでも分かるともさ。この隙に聖地を探っちゃならぬ。底なし沼よりも恐ろしい罠が仕掛けてある……とね」

声を潜めて、そう話し出す。フォートンは本に顔を落としたまま、

「レトゥ殿、聖地に住むエルフは僅か数百未満。それでも帝国に勝ち目は無いと?」

「おいおい、僕ちゃんも散々にそれを演算したんだが、これが一つも無いんだね。聖地を構築する根本の魔法技術力が違いすぎる。まあまあ、その理由はつい先日分かった――どんな外法を使ったのかは知らんが、精霊獣さねえ!

精霊獣には必ずこの世界では無い世界で生きてきた頃の知識がある。特にこのガルヴァリナ帝国初代皇帝ガルヴァール・ガルヴァリーノスが従えていた精霊獣インベンダー……そちらの世界では、兵器開発を担っていた技術者だったんだって?いやあいやあ一度お目にかかって是非その技術を僕ちゃんにもご教授いただきたかったねえ!あの『アバドン』級、もしくはそれ以上の兵器を幾らでも構築した技術理論なんて――」

「面白がっている場合では無いのですよ」

「いやいやフォートン君、違うよそれはね。こんな非常事態だからこそ面白がらなきゃ、人生はつまんない事と悲劇まみれだもんねえ。

それでフォートン君こそ、ここで何やっているんだい?」

「聖地の歴史について調べているのですが……」

「ふむ、違和感があったのかい?」

「ヘルリアン」とフォートンは口にした。

「っ!!?」

頭のネジなんて生まれる前に母親の腹の中に全部捨ててきたレトゥでさえ、一瞬凍り付いた。

その言葉は――この世界で何よりも忌まれ、嫌われ、不浄と恐怖の象徴として怖れられる月光の禁忌であり、どれ程の悪人であろうと、死刑にした後で絶対に死体を月光に晒してはならないと言う絶対的な常識への――謀反の狼煙だったから。

「聖地から降りてきたエルフ族がヘルリアンを『治風』の加護で浄化し、回収している。しかし、亡骸が遺族の元へ帰されたと言う記述が一文も見当たらない。これまでは気にも留めなかったのですが……もしも実際に精霊獣を従えた者の亡骸をエルフ族が集めているのならば、事情は一変します」

レトゥは呟いた。

「……フォートン君、僕ちゃんは一度だけ……一度だけ興味本位で試した事がある」

「何をです?」

「人体における魔力の制御方法を突き止める実験さ」

「……」

フォートンは歴史書を閉じてレトゥを見つめた。

「案の定、魂だ。唯一、魂こそが僕ちゃん達の人体における魔力の流れを細部に至るまで制御している」

「……レトゥ殿」

「普通ならば、通常ならば、魂が亡くなり肉体が朽ちていく中で魔力も自然に流れ出ていく――ところがところが月光!あれを浴びると逆に魔力が人体に蓄積していくんだねえ。そして死しても蠢く屍ヘルリアンになる。これが通説で、一回も疑う必要さえ無かった『教義』で『信仰』だった。

でもさでもさ、おかしいと思うだろう、頭が良すぎるフォートン君ならね。さてさて、エルフ族が『治風』の加護を得るまでは、何処の誰がヘルリアンを浄化していたんだい?って。おまけに精霊獣を従えていた者達の骸の件もある。回収したヘルリアンをエルフ族は本当に浄化しているのかい?――って疑うよねえ」

「……」

フォートンは歴史書を棚に戻して、さっと走り出した。

その後ろ姿を見つめて、レトゥは、ウケケケケ、と何時ものようにへんちくりんに笑い、

「まあまあ、今は静かにしておこう。どの道僕ちゃんは研究と実験に忙しいしねえ」




 アニグトラーンの屋敷に数年ぶりに帰ったギルガンドは、昔の事を思い出していた。

『良いかい、ギルガンド。もし――もしもこの呪いが解けたら、真心から誰かを慕いなさい。その相手と添い遂げて、いつか、いつか、この屋敷がもう一度賑やかになる有様を見なさい。お前はまだ幼い。最期の時まで希望を捨ててはならない』

彼の叔母はそう言って、彼らの目の前で毒を煽った。優しい婦人だった。幼い一人息子がいたのに呪いによって目の前で為す術無く失い、それがきっかけで離縁され、アニグトラーンの家に出戻っていた。


 「……」

立ち止まったギルガンドの顔を見上げたクノハルは、一瞬だけ迷ったが、思い切ってギルガンドの手を握った。

「泣いた方が良い。一人で我慢したって誰も助けてくれない」

「我慢では無い」あの時を思い出しただけだ、とギルガンドは口にした。「私が幼かった時、ここには私の家族が居た。母によれば昔はもっと賑やかで、どこもかしこも喧しいくらいだったと――」

いつかこの屋敷は、往事のようにもう一度騒がしくなるのだろうか。

「……私は、子供を産むのが怖いんだ」クノハルは顔を伏せて小さな声で言った。「私には手本とすべき親が一人もいなかった。だから親になった時に、産んだ子供にまであんな思いをさせそうで……本当に、怖いんだ」

「ならば私が育てるから産め」

「……は?」

思わずクノハルは顔を上げると、何時もの高慢ちきな顔で見下ろされていた。

「何人でも乳母を雇える、頼りになるキバリだっている。金ならある。生まれた子が盲目だろうが喋れなかろうが、一生養っても余りあるぞ」

「何だ、それは。あまりにも楽天的じゃないか……」

それなのにどうしてか、今まであれほど重たくのし掛かっていた不安が一瞬で消えて、代わりに寒い夜に誰かが寄り添って温もりを分けてくれたかのような安心感が心を包んで、ついクノハルは泣きそうな顔をしてしまった。

「貴様が過剰に悲観的すぎる。そもそも、産まれる前から子供の事を心配している事を自覚すべきだ」

「……。お前なんかやっぱり嫌いだ」とクノハルはギルガンドの足を蹴った。蹴ってから上目遣いで訊く、「痛かったか?」

「蹴技の――いや、武術の基礎が何一つなっていない。筋力も無い。女はやはり非力だな」

「もう良い!」

クノハルは顔を真っ赤にしてもう一度ギルガンドの足を蹴飛ばすと、

「図書館は何処だ!早く案内しろ!」



 「……」

昼餉が出来た事を知らせに図書館に足を踏み入れたキバリだったが、思わず微笑んでしまった。

図書館の入り口近くにある、日の当たる長椅子に二人して腰掛けて、寄り添っているのだ。

「早すぎると言っているだろう!」

「これでも遅く読んでやっている!」

そうやって言い争っているのに、お互いの温もりが伝わる距離はずっと変わらない。

ロウが知ったらこの世界の砂粒一つまでに対して絶望して、そのまま数日は寝込みそうな光景である。

「それより喧しくて本に集中できない!」

「喧しいのは貴様だろうが!」

もう大丈夫、とキバリは確信した。

今までは一人残される坊ちゃまの事が心配で、どうにか年老いた己が踏ん張ってきたけれども、もう安心して良いのだと――凪の日の海のように穏やかだが、ぐうっと胸にこみ上げる感情があった。


 ……草葉の陰で皆様もご覧でいらっしゃるでしょう?

 そして私のように、今、ようやく微笑んでいらっしゃるのでしょう?

 ああ、いけない、いけない!

 天邪鬼にならねば、このまま無様に泣いてしまうわ。



彼女はこっそりと涙を拭いて、とびっきりの笑顔を浮かべる。

今日の昼餉はとても美味しく作る事が出来た。

「坊ちゃま、クノハルさん。お昼ですよ」


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