第23話 無垢なだけの恋①
「……ガキを雇ってくれだって?」
『フェイタル・キッス』の楼主、マダム・カルカは声を荒げた。
「いくら常連のアンタの頼みだろうとそれはお断りさね。遊郭の不文律をアンタが知らないとは言わせないよ。しかも男だって?ここにゃ娼婦しか置かないとアタシが決めているんだ」
ロウは拝み倒すようにして頼む。
「あの馬鹿小僧にとにかく辛い仕事をやらせてくれ、遊郭の現実を見せてやって欲しいんだ」
「はあ?」
実は、とロウが説明するとマダム・カルカは鼻先で一笑した。
「要は、恋に恋した頭の悪いガキに冷や水をぶっかけてやれって頼みかい。精々こき使ってやるよ」
まるで人なつっこい犬みたい、と言うのが最近の『フェイタル・キッス』の娼婦達のもっぱらの話題である。
彼女たちは今、『控え室』で化粧を直したり、お菓子をつまんだりしながら、客がまだ来る前のわずかな休憩時間を過ごしている。
「尻尾があったら振り千切れているんじゃないかしら」
「ふふふ。あれが本当に犬だったら番犬としてウチで飼えないか、マダムに掛け合っていたわよね」
「でもあんなに人なつっこいのじゃあ、番犬にならないでしょ」
「犬だったらペットとして飼えるわよ?可愛いだけで死ぬまで養ってやれるわ」
「絶対に裏切らないものねえ」
「そうそう。ずっと好きでいてくれるわ!」
ずっと好きでいてくれる、か。フェーアは内心で呟いた。
そうね、人間は娼婦の事をずっと好きでなんていてくれないわ。
「すいやせーん!入っていいですかい?」
その時、話題の犬の声がして、フェーアも反射的に裏口側のドアの方を見つめていた。
「どうしたの?」
年長の娼婦が不審そうに声を出すと、
「ロウさんがおいらが世話になるからって、あの、お菓子をですね、マダムに持ってきました!それでマダムにお渡ししたら、食べきれないから皆様に配るようにって言われまして!」
「じゃあ扉を開けるから、卓の上に置いてさっさと出て行って」
「勿論ですぜ!」




