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【完結】ガン=カタ皇子、夜に踊る  作者: 2626
Final Chapter

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第235話 異世界転生の理由

 けたたましいパトカーや救急車のサイレンが響き渡る中、オレはオレの体だったモノを見下ろしていた。


 夜間警備のバイト帰り。

夜明け前にねーちゃんのバイトしているコンビニへ立ち寄って話をしていたら、ボケたじいさんの運転していた車(超☆高級車)が突っ込んできたのである。




 ――その5分前、オレは3つ年上のマヤ姉(以下ねーちゃん)と、入り口近くの店内の飲食コーナーの椅子に座って、少し話していた。

「あのさ。あんただって本当は進学したかったんじゃないの?」

ねーちゃんはいつだって身内には容赦ない。

今日の晩飯当番をどっちにするかって雑談から始まっていたのに、いきなりそうグサッと言われて、オレは折角のおごりでホットコーヒーを飲んでいたのを全部吹きそうになった。

「お、オレは良いんだって。ねーちゃんみたいに勉強は得意じゃなかったし。それよりねーちゃんこそ大学どうなんだよ?単位落としそうだとか絶対止めてくれよ。とーちゃんみたいな患者でも助けられるくらいの凄腕の医者になるんだろ?」

珍しく、ねーちゃんは少し黙った。

「……彼氏っぽいのが出来たかもしんない」

「『彼氏っぽいの』って何だよ?」

「詳しく言ったってドーテーには分かんないでしょ」

何だと。そっちがそう言うならこっちだってこう言ってやる!

「うるせえぞクソドブス!……かーちゃんには言ったの、心配するぞ?」

少し顔を赤くして、ねーちゃんはオレを睨み付けた。

「今週末空けときなさい、あんたも絶対によ!」

「えー、せめてイケメンかどうか教えろよ」

「……イケメンって言うより、側にいると安心できるし、この人なら大丈夫って信頼できるのよ。卒業したら……いつか……ううん、彼との将来を考えている」

「えぇ……何それ」

見た事の無いねーちゃんの横顔に、オレは戸惑ってしまった。

でも――この時、オレは素直になって本音を言えば良かったんだ。

『おめでとう、絶対幸せになれよ』って……。

「ほら、ドーテー小僧に言ったってやっぱり分かんなかったじゃない!」

言うなり、ねーちゃんは席を立った。

「逃げるのかよ?卑怯だぞねーちゃん!」

「違うわよ、棚卸し!シフト交代前の最後の一仕事よ!」

オレはわざとらしくため息を吐いて、山向こうの空が明るくなりつつあるコンビニの駐車場を見た。

ここは田舎のど真ん中の地方都市にあるので、駐車場だけは広いのだ。



 その瞬間。



 咄嗟にねーちゃんの背中をありったけの力で店の奥へと突き飛ばせたのは、オレがスタントマンの練習を積んでいたからだ。

でも、その代わりにオレは――コンビニに突っ込んできた無灯火の車とコンビニの壁の間に挟まれた。

「なっ……!?い、いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!トオル!?トオルぅーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

ねーちゃんのつんざくような絶叫。

ひび割れたフロントガラス越しの、固まった顔のじいさん。

おい、早くアクセルを踏むのを止めてくれ、うるせえクラクションはもう良いから、頼む、オレの体が、千切れ、ブレーキを、痛い、血が、



 ……そこで意識があっという間に薄れて、何も見えなくなった。



 ああ、ねーちゃん、ごめん。かーちゃん、ごめん。

 とーちゃんが病気で死ぬ時に約束したのに……オレがいるから心配するなって。

 まさかオレが、一番先に、こうなるなんて……。



 どうしようも無くボケた老人が、家族が隠した車の鍵を見つけて夜明け前に勝手に家を抜け出して、車ごとコンビニに突っ込んだ……と聞けば、よくある事故だったとオレも思う。

だけど、オレにとって『よくある事故』と済ませられない最悪の理由があった。

かーちゃんとねーちゃんがオレの棺桶にすがって何時間も泣き叫んでいるのだ。



 もう……『長門透』の告別式も終わって、火葬場に着いたのに。

見るからに真面目で気弱で、でも優しそうな『彼氏っぽいの』が必死の説得を続けていたら、ねーちゃんは何とか火葬場に着いてしばらくしたら棺桶から離れてくれた。

だけどかーちゃんは離れない。

『彼氏っぽいの』が言葉を重ねて説得しても、親戚や火葬場の職員が困り果てても。

「大学に行かせてやれば良かった、もっと話を聞けば良かった、あの子は我慢強いからって甘えていた、ごめんなさい、ごめんなさい」

そんなこと言っても、大学に行かないと決めたのはオレの意志だし、とーちゃんが死んじゃってからかーちゃんはオレ達を育てるために働くのに必死だったし、何よりオレには大学に行くよりも優先したい夢があったから。



 『俺はお笑いで天下一になったる。トオルは?』

 『オレは一流のスタントマンになりたい!』



 ……そうやってあの時に約束をしたノリの方を見たけれど、ノリは茫然自失と言った顔で泣く事さえ出来ていなかった。ノリはいつもとびっきりの笑顔で笑っている癖に、今は無表情で――酷く青い顔でじっとオレの棺桶と、それに取りすがるかーちゃんとねーちゃんを声も無く見つめていた。

そう言えば、喪服のノリなんて初めて見た。

こうやって何度見てもノリに喪服だけは似合わなくて、違和感の塊……ちぐはぐに思えた。

デブだけどピカイチ明るくて、誰よりも笑顔が似合うヤツだったのにな。

……ノリにまでそんな顔をさせたのは、オレの所為だ。ごめん。



 死んじゃったオレがこんな事を言えた義理じゃないけれど、もう誰も泣かないで欲しい。これ以上悲しまないで欲しい。

……こっちまで辛くなる。

何とかしてかーちゃん達を泣き止ませようと、オレは色々頑張ったけれど、今のオレは何も出来ないようだった。

完全に何にも触れないし声も届かないし、本物の幽霊状態で。


 「私が代わりに死ねば良かった!」


 オレの血まみれでズタズタの死体を見下ろしていた時より、かーちゃんのその言葉の方がメンタルに来た。

おい、『彼氏っぽいの』までもらい泣きを始めてんじゃねーよ。

べそべそ泣くのは良いからお前はかーちゃんをオレの棺桶から引っぺがして、とっととオレの体を荼毘に付せるようにしてくれよ。


 ……まだオレの体が原形留めていたら、オレだって焼くのをためらったかも知れないけれどさ。

あのボケたじいさんがブレーキの代わりにアクセルを踏みまくった所為で、何よりも誰よりもオレ自身がもう無理だって諦めるしか無い有様なんだ。挙げ句に司法解剖までされたから……。



 「ママ、もうトオルを楽にしてあげようよ。このままじゃトオルはずっと痛いままだよ」

ねーちゃんがそう言ってかーちゃんにすがりつくと、かーちゃんは真っ青な顔をしたまま振り返って、ねーちゃんにすがりついて震えながら声を上げて泣いた。

「では……」

沈痛な顔をした職員の人が手を合わせてくれた。

そして、オレの体は火葬場の機械に飲み込まれて、僅かばかりの灰と骨になったのだった。



 流石に燃えている最中のオレを観察する気にはなれなくて、オレは火葬場の外に出た。

ここは地方都市の郊外の更に外側……ほとんど山の中にある。

誰が植えたのか勝手に生えたのか知らないけれど、綺麗な辛夷の白い花が咲いていた。そうか、今はもう春だったのか。とーちゃんが死んだのも春だったな。あの時のように桜は散り際で、半分葉桜になりかけている。いや、花と一緒に葉が出ると言う山桜だろうか。

「あのさ、トオル君」

「ん?」

振り返ったら目を真っ赤にした『彼氏っぽいの』が立っていた。

そういや、名前を聞いていなかったな。

「ええと、僕は真宮光太郎って言うんだ。君のお姉さんの……マヤさんと真剣に交際させて頂いている、しがない大学生で、それで……」

まだズビズビと鼻を啜りながら、『彼氏っぽいの』(意地でもこう呼んでやる!)は自己紹介した。

「もし君が良かったらだけど、『異世界』に来ないかい?」

「異世界?何ですかそれ」

「平行世界とか異次元世界とか別次元世界とか、まあ色々言われているけれど……。実は、僕は『エージェント・E』でね、あちらの世界に招くに相応しい魂を選定する役目があるんだ」

「何を言っているのか、完全に意味不明なんですけど……」

そこでオレは気付いた。



 ――どうしてこの『彼氏っぽいの』は、幽霊状態のこのオレと当たり前のように会話が出来ているんだ?!



 「君達の概念で最も近しい言葉だと『天使』とか『神の分霊』なんだけれど、実際はそこまで万能じゃない。僕なんてただの『エージェント』としての権能しか持っていないし、それに『エージェント』だって複数人いるし……。ああ、こちらの世界の『神』からも許可はちゃんと貰っているから。

でね、実は僕が『エージェント』の一人として選ばれた原因が、僕達の『本体』が存在している世界で重大な問題が生じているからなんだ」

「だから、何を言って……?」

理解は今はしなくて良い、こうやって聞いてくれるだけで良い、と『彼氏っぽいの』は首を左右に振った。

ただ、とオレにはちっとも訳の分からない言葉を並べ続ける。

「もし君があちらの世界の『重大な問題』と相対してくれるのなら、もう一度だけマヤさんやお義母さんと話をさせてあげることが出来る」

「かーちゃん達に……もう泣くなって言えるんですか」

「うん。約束する。たとえ地獄への道が人間の善意で敷かれているとしても、きっと僕達を救うのは人の優しさだろうから」

「……」

どう答えたら良いのか分からなくて、オレは黙って真宮光太郎と名乗る謎の男を見つめた。

でも、答え方が分からないだけで、もうオレの腹は決まっていた。

「……あの」

オレはしばらく考えてから、口にした。

「ねーちゃんのこと、頼みます。気が強そうに見えるけど結構強がっていて、本当は凄い泣き虫なんで……」

「うん……。よく知っている。でも、しっかり頼まれたよ」

コイツが真面目な顔で約束したら、辺りが白い光に包まれた。




 ――気付いたら懐かしの我が家の玄関にいた。

ちょうど喪服のかーちゃんとねーちゃんが骨壺の入っている箱を交互に抱いて、黒い靴を脱いでいる所だった。

「なあ、かーちゃん、ねーちゃん」

「「トオル!?」」

かーちゃん達がオレの方を見る、でもオレの姿が見えてはいないようだ。

「あんま泣くなよ。オレ、ちょっと行ってくるだけだから」

ねーちゃんがわああああっと泣き叫んで箱を抱きしめたまま玄関に座り込んだ。ごめんって何度も繰り返しているけど、ねーちゃんは何も悪くなんてない。

だからもう、オレに謝るな。悲しむなよ。幸せになれよ。

「何処に行くの!?」

かーちゃんはオレの体を掴もうと手を伸ばす――でも、触れなかった。

オレの手もかーちゃんをすり抜けたし、これは抱きしめるのも無理そうだった。

「ちょっと……遠い所だから。もう、帰らないつもり」

「行かないで!ダメ!一人で行かないで!」

「元気にしてろよ。風邪とか引くなよ。じゃあな!」

オレはそうやって二人に別れを告げると、泣きそうな顔を見せたくなくて、振り返らないように――勢いよく玄関から外に出たのだった。


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