第21話 それは蜂蜜のように甘く、涙のように苦く、祈りのように切ない②
「フェーアの家族は『邪悪』ではないが『悪意』と『毒』そのものだ」
ロウはあえて淡々と告げる。彼までゲイブンのように感情的になったら、埒が明かないのだ。
「ゲイブン、お前の父親は身勝手で理不尽な理由でお前を叩いたか?酒を飲んで暴れたか?お前の母親はお前の存在を否定し出産した事を呪ったか?なのに産んでやったからと一方的に恩を売って、その代価だと言ってお前を支配し大事な物を奪ったか?お前の兄姉はお前を無視したり虐待したりする事で一致団結したか?体の良い不平不満の八つ当たり先にしたか?それだけお前とお前の存在を侮辱した癖に『愛しているから』『家族だから』と言い訳を並べて、お前の稼ぎやお前の大事な人や物を略奪していったか?」
『……ロウだって……もしもアウルガがいなかったら、もしもアウルガがまともじゃなかったら、あのクソビッチ最低アバズレ豚以下生ゴミ女の所為でフェーアと同じようになっていたんでしょ……』
パーシーバーがロウに聞かれない程の小声で呟いた。
「そんなの絶対に家族じゃねえですよ!」
ほぼ悲鳴のようにゲイブンは叫んだ。
「お前がいくら否定しようと、そんな家族も現実には『ある』んだ」
「ねえロウさん、おいらフェーアさんがそんな酷い目になっているなんて嫌ですぜ!どうにかして助けたいんですぜ!」
ロウはゲイブンにはっきりと言った。
「フェーア本人がそれを望んでいないのに、どうしてゲイブンが助けられると思った?」
「――」
言葉を出そうとしてゲイブンはパクパクと口を開けたのに、一つも出てこなかった。
「ゲイブン、聞け。何度も心を殺されて、一度も幸せを家族から教えられた事の無い子供は、大人になっても幸せが分からない。未経験で知らないから、そこにあったとしても幸せを認識も感知もできないんだ。それでも幸せと言うものを彼らは本能的に渇望して、一度だけでも満たされようと、外野からすれば自虐的で破滅的でしかない行動さえ選ぶ。
――『いつか愛して貰えるかも知れない』と害毒にしかならない血縁者とフェーアが未だに繋がっているのは、その最たるものだ」
『そうよ。……いくらゲイブンが助けたって、今のフェーアは自分からあのゴミ一家の所に帰って行ってしまう。ありもしないのに欲しくてたまらない「愛」と、空っぽの「希望」の所為でね……』
「でも!」
ほとんどゲイブンは泣きながら叫んでいた。
「そんなのってあんまりじゃねえですか!フェーアさんは何も悪くないんですぜ!?」
「ゲイブンこそ分かっているだろう。善人こそが酷い目に遭う、この世は理不尽だらけだと」
「でも、でも、おいらは!」
……こんな有様だからゲイブンはいつだって年より幼く見られるのだ、とロウは呆れた。
簡単に娼婦に恋した挙げ句に、その哀れな境遇のためにボロボロと子供のように泣いてしまう。
哀れな境遇に対して何も出来ない癖に、人一倍に無力な癖に、涙と嗚咽だけ一人前にこぼすのだ。
『それだけ……ゲイブンは家族から守られて可愛がられて育ったのよ。ちょっと妬ましいんでしょ、ロウも。ロウにないこの素直さはゲイブンの良いところよ?クノハルもそうだけど、ロウ達兄妹ってグニャグニャのグネグネにひねくれ&ねじくれ倒しているじゃないのよー!』
黙れ、とロウは内心で思った。
それから小さな声で口にする。
彼も抱いている、現実味の無い希望を。
「フェーアがもしも血縁者と絶縁する気になったら……だな。借金の名義はフェーアではない、もし本人が自由になりたいと願ったら……」




