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【完結】ガン=カタ皇子、夜に踊る  作者: 2626
Third Chapter

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第211話 こんな見合い

 帝国城の後宮の中でも最も壮麗な『凰翼宮』は、ミマナ皇后をその主としている。しかし今の『凰翼宮』には主不在の代わりに、レーシャナ皇后とキアラカ皇妃が2階にある狭い隠れ部屋に潜んで、薄い窓掛けの布越しに、庭園にある四阿をじっと見下ろしているのだった。


 「全くキアラカ、貴女には失望した……!」レーシャナ皇后は不愉快そうに呟く。「こんなに面白い見物があると知っていて!どうして私達にもっと早くに言わなかった!そうすればミマナ様も仕事に都合を付けてここにいられただろうに!

『その日は所用でどうしても陛下の御側から離れられぬのです』といたくお嘆きであったのだぞ!」

そう言われてしまうと、ただただキアラカは平謝りするしかない。

「お許し下さいませ、レーシャナ様!クノハルがあそこまで賢い女でなければ良かったのですが……。お詫びとして『光の欠片』や『音の欠片』を四阿の彼方此方に潜ませておきましたので、後でご確認いただければと……」

レーシャナはますます苛立たしげに、

「馬鹿を言うな、こう言うものは実際に現物を現地で、己が生の目でその時に見るに限るのだ!

帝国指折りの珍景なのだぞ、それを分かっていないのか!?」

いよいよキアラカは謝りに謝るしかない。が、ここで少し不安そうに言った。

「申し訳のし様もござりませぬ……。その、陛下にはお知らせしておりませんわよね?」

「無論だ。陛下がご存じになったならば定めて『覗き見など止めよ!』と仰せになる。表向きは、あくまでもキアラカの子育てを労うためにこの場を借りて催した小さな宴としている。

何、この見合いがまとまった後で報告する形で良いだろう」

「他に喧しい野次馬はいませんでした事?」

ここに既に二人もいるが、本人達にその自覚は無い。

「邪魔されてはたまらぬ故、機密保持を徹底させた」

職権乱用である。

「流石はミマナ様、レーシャナ様!それで……」

「うむ、そろそろギルガンドが来る頃であろうな」

二人が息を潜めて薄い布越しに見つめる中、宦官に案内されて、軍服では無くて正装のギルガンドが登場した。

(あらまあ。こうして見ると水も滴る良い男です事!陛下ほどではありませんけれども)

(しっ、キアラカ!奴に気付かれてはならぬ!)

ギルガンドは分厚い本を数冊、小脇に抱えていた。四阿に着いてしばらく落ち着きの無い様子で周囲を見渡していたが、ややあってその本を四阿の机に置いて、深く嘆息してから、深く椅子に腰掛ける。

(あの驕慢極まりない男が緊張しているのか……!良いぞ良いぞ、これぞ帝国のまたとない奇景!)

(レーシャナ様、お声が大きいですわ、しーっ、しーっ……)

(……あい済まぬ、迂闊にも興奮した。ところでクノハルはどうしているのだ?)

(実は先刻、いつもの官服で来たので、女官総動員で風呂に放り込んで洗わせ、今、着付けと化粧をさせている所ですわ。でも、流石にそろそろかと……)

二人が固唾を飲んで見つめる下で、女官に案内され、着飾ったクノハルがやって来た。

(あっ、クーちゃん美人になって!)

(ほほう、原石だったか……)


 少し頼りなげに歩いてくる足取り。短く切った髪に浮かぶ天使の輪。髪飾りを模した華やかな頭飾りが日の光を受けて燦めいた。塗られた白粉と口紅の何とも言えぬ艶めかしさ。

いつもの色気のない男装姿とは打って変わった、高等女官としてもやっていけそうな美女に変身したのだ。

(行け、クーちゃん!)

(これはまた……極上の宝石に……)

彼女は静かにギルガンドの真向かいに腰掛けると、体を屈めて足に手をやった。

(あら?どうしたのでしょう)

(ああ、履き物だ。ああ言う高等女官向けの細い履き物には慣れていなくて足が痛いのだろう)

(んまークーちゃん、可愛い!好き!大好き!本当に不器用で純情で可愛いんだもんっ!)

(こら、口調!平民に戻っているぞ!)

(あっ。これは大変なご無礼を働き誠に申し訳ございませぬ……)




 どうにか脱いだ履き物をギルガンドの顔面に投げつけて、クノハルが絶叫した。

 「貴様の所為だ!貴様の所為で全部最悪だ!」




 ギルガンドはあっさりと履き物をそれぞれ手で受け止めると、

「全部最悪とはいきなり何だ」

「女官と宦官からは悪口を言われた!官僚ぶっているが所詮は女だ、色目を使ったと!こんな痛いだけの靴を履かされて、顔にべたべたと塗られて!こんな重たい服なんか着たくも無かったのに!浴場で嫌味を垂れ流されながら剃刀で毛まで剃られた恐怖が分かるか!控えめに言って拷問だった!

ああそうだ、貴様含めて全部が気持ち悪い!これを最悪と言って何が悪い!」

「そこまで嫌か」

「貴様なんか『空飛ぶ出歯亀』だ!」

「出歯亀とは何だ」

「知らないのかお貴族様の癖に!本によれば精霊獣が語ったお話で、大衆浴場の女風呂を覗き見しまくった挙げ句に殺した犯罪者の名前が池田亀太郎!この男がとんでもなく出っ歯だったそうだ!それで覗き魔の変態の事を出歯亀と呼ぶのだと!」

「知る訳が無いだろう、そんな犯罪者のあだ名など」

「貴様の二つ名だろうが!」

「『閃翔』だ!」

「『空飛ぶ出歯亀』だ!この変態!覗き魔!痴漢!くたばれ!」

「……!」

「気に入らないなら私を縛り首にでも火あぶりにでも八つ裂きにでも好きにしろ!息絶えるまで貴様を呪って死んでやる!」


 ――隠れて覗いている二人は、もう気が気では無かった。

(これは誰か人を遣って直ちに見合いを止めさせるべきだ。ここまで地獄じみた見合いなど聞いた事もない!)

(いえレーシャナ様、クーちゃ……クノハルがああも内心を打ち明ける事は珍しいので、きっと……!)

(しかし……あの『閃翔のギルガンド』が、これだけ罵倒されてよく激高していないものだな)


 ギルガンドはどうにか激高を押さえ込んで、少し黙ってから、

「サティジャと言う女を知っているか」

「貴様の前の女の名前なんか知った事か!私じゃ無くてそっちと見合いでもすれば良い!」

「サティジャ・ブラデガルディースは、貴様の獄死した妹だ」

クノハルの勢いが止まった。

「訳あって見合いをしたが、思い出すのも不愉快な女だった。大勢の人間を害しているのに何の罪悪感も抱かず、真っ先に私に媚びてきた。誘惑の甘い言葉を吐き、男に従順なふりをして、ひたすらに毒々しかった」

だが、とギルガンドは続ける。

「貴様は真逆だ。私に媚びるどころか真正面から罵倒してくる。とにかく反抗的で、まるで手負いの獣のようだ。頭が良くて片端から嘘偽りを看破し、男が相手だろうと怯む事も無い」

それはクノハルに聞かせるためと言うよりは、ぽつぽつと浮かんでくる心情をそのまま言葉にしているようだった。

「最初は私にも分からなかった。呪われた私の一族が次々と息絶えてゆく中で色恋に現を抜かす瞬間も無かった。だが、ある者に助けられて『これから』を考える猶予が生まれた後、そこに最初に、ぴたりと当てはまったのが貴様で良かったと……心底から、そう思っているのだ……」

(きゃああああああああああああああああああああああーーー!!!)

(ほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!)

野次馬の二人は抱き合って叫ぶ。

(ギルガンドが差した!全てをまくって天翔るがごとく差したーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!これは鮮やかに一着!正真正銘の一着ぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!ギルガンド、『閃翔のギルガンド』の歴、史、的、大、勝、利ぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!)

(絵師を呼べ!詩人を呼べ!楽師を呼べ!いや役者もだ、全員を揃えよ!すぐさま舞台にて演じさせるのだ!派手にやれ!!!これは当たるぞ!間違いない!)

「……」

クノハルはしばらく何も言わなかった。だが徐々に顔が赤く染まっていって――それに己でも気付いた瞬間に、慌てて俯いたのだった。

それを確認して、少し安堵した様子でギルガンドは切り出した。

「結婚を前提に交際して欲しい」

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、本」

消えそうなくらいに小さな――いつもの冷静な声とはまるで違った、裏返った声で、ようやく彼女はそう言った。

「分かった、次は実家の図書館に案内する」


 ――そうやって頷いた直後。


 ギルガンドは『閃翔』の二つ名のごとく空を舞って、レーシャナとキアラカが隠れていた部屋の窓掛けの布越しに、鬼の形相で睨んだのだった。

「レーシャナ皇后様、キアラカ皇妃様。御二方が揃って『出歯亀』か?」

完全な不意打ちに、この出歯亀女二人は抱き合ったまま絶叫する、

「「きゃああああああああああああああああああああああ!?」」


 そこで運良く寝ていた皇女キアラーニャが大声で泣かなければ、二人は窮地に陥ったままであった……。

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