第210話 ハウトゥー愛の告白
『賢梟のフォートン』は己がとても頭が良い事を知っている。
自負ではなく実際にそうだと知っている。
しかし、今のこの時ばかりは己の頭と己の正気を徹底的に疑った。
「……………………済まない。もう一度言ってくれ。私の集中力不足で上手く聞き取れなかった」
「これから見合いがある。見合いの場で女を口説く方法を教えろ、フォートン」
「………………………………」
頭痛を通り越して、もはや頭の中で銅鑼と鐘が鳴り響くようだった。
「済まないがギルガンド、それは私の得意分野では無いのだ……」
「あれほど舌鋒鋭いのに?」
馬鹿だこの男は。フォートンは自慢の頭で即座に理解してしまった。少なくとも仕事は誰よりも出来るし無双の強さを誇るが、女心に対しては徹底的に大馬鹿者だ。
少なくとも、その不得意さを理解している己よりは馬鹿である事が確定してしまったではないか。
「それとこれとは話が全くの別だ。真心を捧げた相手がいる者か妻子持ちに頭を下げて指南を頼め」
「嫌だ。こんな事で人に頭を下げる等、私の矜持が許さない」
「貴公の矜持とその女とどちらを取るのだ?」
「両方だ」
「そう答えると知っていた。
何、普通の女なら貴公が相手と言うだけで快諾するだろう。どのように高貴な美女であらせられようとだ。何も心配せずそのまま行って宜しい」
私は仕事で忙しいのだとまで言って、書面に顔を落としたフォートンだったが、
「私との見合いを心底嫌がっている女だ」
信じられぬ言葉を聞いて、目を見開いて顔を見上げた。ついでに立ち上がった。
「誰だ!?よしんば皇女殿下であろうとも貴公が相手であれば大いに喜ばれるだろうに」
「………………。クノハルだ」
フォートンは咄嗟に手元にあった文鎮でギルガンドを殴り倒したつもりだったが、実際は堅いものを殴った反動で己の手から文鎮が転がり落ち、手の痛みに思わず悶絶したのだった。
逆に、文鎮で殴られたのにも関わらず、ギルガンドの方は微動だにしていない。
「貴様ッ!彼女は逸材なのに!結婚等させて!家に閉じ込めるつもりか!?」
「金ならある」
金の問題では無い、とフォートンはますます激怒する。
「彼女の才能は到底はした金で購えるものではない!
貴様の情欲と結婚の慣習で狭い家に封じ込めて、それが許されるとでも思っているのか!貴様の邪恋ごときの所為で、一人の人間の人生と将来を台無しにするのだぞ!」
「……」
少しでも答えたらそこから揚げ足を取られて徹底的にやり込められると分かっているので、ギルガンドは答えない。
「女は結婚したら子を産まねばならない、育てねばならない、家を守らねばならない。この国の慣習と言う束縛に雁字搦めにされて奴隷のようになるのだ。彼女も例外では無いだろう。目映く輝かしいまでの才能があるのにも関わらず、たかが男一匹のために一生涯の生贄にされるのだ!まさか貴様までその先鞭をつけるとは思わなかった!
……貴様も所詮はそうなのだな、ギルガンド」
目を逸らして黙り込んだかと思ったが、はっきりとギルガンドは口にした。
「……そうだ。どうしても他の女では駄目なのだ」
フォートンは手をさすりながら、深くため息をついた。
「貴公がそう思っているのならば、そのままそれを言ってやれ。
此の世で奇をてらわぬ真心からの言葉ほど、人の心に響くものはないのだから……」




