第19話 ゲイブン・ドゥーレトは初恋に打たれる②
「それからずっと……おいらは胸が苦しいんですぜ……ハァ……」
何事かと思ったらゲイブンは雷に打たれたがごとく、恋に落ちたらしい。牛を操りながらも、ずっと胸を押さえて、フゥ、ハァ、とため息ばかりである。
「まあ、そのフェーアさんってどんな方なのかしら?」
ユルルアちゃんは声を弾ませて訊ねている。
「……。あの笑顔を思い出すだけで……おいら……もう……うぅ……切なくて……」
ゲイブンの口から『切ない』なんて単語が飛び出したので、牛車の中で、オレ達は仰天した。
でもユルルアちゃんは我が事のように大喜びした。
「まあ!」
「ただ、ロウさんに聞いたら……ですぜ……」
かなり浮かれていたゲイブンが一気に落ち込んだ。
「何か、事情があったのかしら?」
「その……家族が……どうも、まともじゃないらしいんですぜ」
何でも父親の方はアル中で暴力を振るうし、母親の方は典型的な『毒親』で、フェーアが娼婦として働かないと返済が間に合わない程の借金まで作ったらしい。兄が二人いるがどちらも父親そっくりで、家族全員がフェーアに寄生して生きているのだと。
「ゲイブン、こんな事はあまり言いたくは無いが……」
オレ達は苦々しい思いで口にする。
何一つ、ゲイブンが悪いんじゃない。
『邪悪』ではないにせよ『醜悪』な連中の悪意は、今のゲイブンが思っているより嫌らしくて汚いものなのだ。
「何にだって責任は付いて回るものだ。仮にそれが恋だろうと……ね」
「テオの兄貴!お、おいらはそんなハレンチな男じゃないですぜ!?絶対に違いますぜ!?」
――案の定、この時のゲイブンは何も理解していなかった。
ただ……こんな事になるのならば、いっそ死ぬまで理解しないままであって欲しいとオレ達が思うくらいに、あまりにも酷たらしい現実を突きつけられて、ゲイブンは理解を強いられるのだった。




