第18話 ゲイブン・ドゥーレトは初恋に打たれる①
ゲイブンはかつて、『神々の血雫』を密造・密売していた組織の所為で、故郷も家族も同時に亡くした。
アレの製造過程においては、成人済みの人類の脳髄から採取できる特定の神経伝達物質が大量に必要になる。そのため、ゲイブン達が平穏に暮らしていた小さな農村が、その製造拠点にされた時、大人は全員『飼育』されてしまったのだった。残ったゲイブン達、子供は玩具や奴隷に落とされた。
治安局が帝国軍にまで動員を要請したほどの大々的な摘発に乗り出して、ゲイブン達は解放されたけれど、その時には大人は……一人残らず手遅れだったのだ。
ゲイブンは、組織に村が襲撃されるまでについての自分の過去は、これでもかと語る。
家族と一緒に出かけた村祭りで遊びすぎて水たまりの中へすっ転んだとか、親父がおっかなくて厳しい男で悪さを働いたらすぐさま尻をぶたれたとか、対照的におっとりとしていていつだって優しい母親だったが、料理がどうしても下手くそだったので長姉や長兄がいつも代わりに作っていたとか、寝小便をした時に布団を外に干されて恥ずかしかったとか、野草を使った草笛の作り方や綺麗な声で夜に鳴く虫の上手な捕まえ方に至るまで、それこそどうでも良い事まで無邪気に陽気に喋り倒す。
……だが、『あの日から』の事は絶対に喋らない。
「全部消えちゃってから、あの普通の毎日が一番の幸せだったーって分かったんですぜ」
その日、ゲイブンはロウが遊郭で情報収集(兼女遊び)をするので付いていった。もう古馴染みの『逢い引き宿』(法律上の関係で、表向きにはラブホテルを名乗っているのである)――『フェイタル・キッス』の裏口前まで。
成人していればこの中へ入れるのだが、帝都の遊郭には『子供に手を出したならば秘密裏に私刑のち死刑』と言う絶対的な不文律があるので、ゲイブンは裏口前の椅子に腰掛けてクノハルから渡された、読み書きについての簡単な宿題を解いていた。
「……ったく、クノハルの姐さんも意地悪な問題を出しやがるですぜ。えーと、えーと……『芸術はアート、文章はテキスト、では光は何と書くか?』だって……光、光……」
その中の一問がどうしても解けず、ゲイブンはイライラした。
「あら、それはライトよ」
「ライト、それですぜ!」
ゲイブンは持っていた小さな携帯筆記具で慌てて書いたが、
「綴りが間違っているわ、正しくはこうよ」
その小さな筆記具を取られて、書き直された。
「あ……」
思わず振り返ったゲイブンは、固まった。
「大丈夫、だって坊やはまだ子供でしょう?今から真面目にやっていれば大人になるまでに覚えられるわ」
違う。違う。そうじゃないんですぜ。
「あら、どうしたの坊や?」
――ああ、何て、綺麗な人なんですぜ。
「フェーア、どうした?」
固まっていたゲイブンは我に返った。
美しい人の背後から、ロウが姿を見せたからである。
「この坊やが宿題を解いていたから、教えてあげたの」
「ああ、ゲイブンだ。俺の連れだ」
フェーアは蛾眉をひそめた。
「ちょっと、ロウさん。いくら連れでも、こんな小さな子供を遊郭に連れてきちゃあ良くないわよ」
「これでもゲイブンは17才だ、まだ固有魔法を持っていないがな。……そう言えば、いつもコイツは初対面の人から年より幼く言われているな……」
ゲイブンは猛抗議した。
「ロウさん、おいらは絶対にチビじゃありませんですぜ!」
もう、これもいつものやり取りである。
「分かった、分かった。帰るぞゲイブン」
「うふふ、また来て下さいね」
帰り際に『フェイタル・キッス』をゲイブンが振り返り見ると、まだフェーアが立って見送ってくれていた。




