第188話 行方不明のゲイブン①
遊郭に小遣い稼ぎに行ったゲイブンが、帰ると言った昼頃になっても帰ってこないので、ロウは嫌な予感がして遊郭に急いだ。
「犬の尻尾のブン小僧なら、今日は来ていないよ」
マダム・カルカの言葉に、パーシーバーさえも一瞬、絶句した。
『嘘よっ!今朝、確かに「行ってきますぜーっ!昼飯前には戻りますぜーっ」って言って出かけたのに!』
マダム・カルカはロウに耳打ちした。
「今さっき変な客が来たんだよ。セージュについて探っていた……」
「まだいるのか」
「残念、昼前には帰ったよ」
「特徴は?」
ロウは杖を握りしめる。
「ありゃあ大金持ちのお貴族様だ。庭に相当に大きな池と噴水があるらしい」
『でも、貴族の庭園には大きな池も巨大な噴水も定番のようにあるじゃないの!その中からどうやって――!』
「どうしてマダムがそれを?」
「ウチで食事を出した時さ。市場で一番大きな魚の活け作りを出したのに、『こんな小魚、我が家の池の魚の餌になるだけだ』と馬鹿にしやがった。『どうせ狭い池で育てられた養殖だろう。険しい自然の滝を遡った偉大な祖先を持っている私の前に良くも出せたな』ってね……」
「……『先祖が滝を遡った事を誇りに思っている』だと?」
「絞れたのかい?」
「マダムに迷惑はかけられん。じゃあな」
ロウは足早に出ていった。
――ふうん、と気怠そうな顔をしてマダム・カルカは煙管を吹かし、呟いた。
「今度は『ピシュトーナ』か……。ロウ、あんた、また厄介事に巻き込まれたんだね……」
『ピシュトーナの祖先は、ガルヴァリナ帝国の建国時の戦乱で、大いなる武功を挙げた事がきっかけで貴族に列せられたらしいな……』
「そうだ。己の固有魔法を使って『ラゲンの夜叉滝』を登り、敵軍に奇襲をかけて大成功したんだ」
オレ達はロウと無音通信で会話しつつ、最悪の事態をも覚悟するしか無かった。
「ピシュトーナが黒幕だとしたら、問題は何処にゲイブンが連れて行かれたかです。この帝都だけで、彼らの屋敷は幾つもあるのですから」
クノハルが焦った顔をするが、オユアーヴが冷静に言った。
「まだ……生きているのか?」
『止めて頂戴よ、オユアーヴ!それだけは言っちゃ駄目でしょう!?』
パーシーバーの悲鳴じみた声とロウの声が重なった。
『オユアーヴ。それだけは言わないでくれ、頼むよ』
「……済まなかった」
ばつの悪そうな顔のオユアーヴを押しのけ、早速に帝都の地図を持ってきて、クノハルは話し出した。
「ゲイブンは生きている可能性が高いでしょう。何せ問題のセージュがピシュトーナの手に戻っていませんから、今はまだ」
「ゲイブンは人質にされたのかしら……」
ユルルアちゃんが地図を広げるのを手伝う。
「私がピシュトーナ家だったら見るからに頭の悪そうな少年を拉致なんかせず、明らかに胡散臭い兄を先に拉致します。しかも盲目ですから、遙かに拉致しやすいと考えるでしょう。とすると脅しか、人質か……どちらかでしょうね」
『ロウ、とってもウルトラにハイパーに大変よーっ!可愛いクノハルに胡散臭いって言われちゃったわ!「臭い」って言われちゃったのよーっ!』
「それで、何処が最も疑わしい?」
オレ達に向けてクノハルは地図の一点一点を指さしながら言う。
「ピシュトーナ家が所有する屋敷で、大通りに近い屋敷は全部違うかと。ゲイブンを昼間に拉致しても道に人通りがありすぎて連れ込むのに苦労しますから。かと言ってこちらの方面は遊郭や『よろず屋アウルガ』から遠すぎる。昼前にゲイブンを誘拐して、かつ監禁するのに最も適しているのは――」
クノハルの指が止まった。
「……この、帝都を囲う城壁近くの屋敷でしょう」
「待て、この屋敷の北にある建物は?」
「ピシュトーナ家が運営する救貧院です」
「東西と南は?」
「いずれも『乱詛帝』に粛正された一族の縁者の住んでいた屋敷で、今はほぼ廃墟となっているそうです」
オレ達はロウに警告する。
「ロウ、絶対に一人で乗り込むなよ。悲鳴を上げても誰も聞いてはくれないぞ」
『分かっている。俺まで拉致されたらお終いだ、今も人通りの多い道を選んで、「逆雷」の爺さんの屋敷に向かっているさ』
「どうか気をつけてね、ロウさん……」
ユルルアちゃんが泣きそうな顔をして合わせて祈っていた、オレ達はその手を握りしめた。
「僕達にもやれる事を探すぞ」




