第181話 第二の母③
「坊ちゃま、顔色が少しお悪うございます。まだ私の過去を暴く事に怯えていらっしゃるのですか?」
「い、いや――」それもそうなのだが、ギルガンドにとって最大の問題はそこでは無い。「本当に、この道なのだな?」
シャルに確かめると、
「へえ、もうすぐ見えてくるはずですよ!『よろず屋アウルガ』って!」
もうギルガンドには、逃げる事もおろか到着を遅らせる事も出来ないのだった。
運良く『よろず屋アウルガ』は無人で、しかも『休み』と看板が掛かっていた。
安堵した彼は、ひとまずキバリを店の側で携帯椅子に座らせると、シャルに訊ねる。
「その……息子の名前は何と?」
「へえ、ロウって申しますんで。ロウ・ゼーザでさ。目が見えないのが気の毒でしてね。旦那様に似て中々の美男子なんですけれどねえ」
「そう、か……」
「腹違いの妹さんをね、引き取って苦労して育ててたんですけれども。何とこの妹さんが驚きで!」
キバリが相づちを打つ、「まあ……。それでシャル、妹さんに何があったの?」
「何と何と、殿試を首席で突破したんですよ!でも口が五月蠅い所為で閑職に飛ばされたそうでしてねえ……」
「それは勿体ないわねえ……」
そう言ってから、キバリはギルガンドを見据えた。
「坊ちゃま。困った時ほど天邪鬼であれ、もう忘れたのですか?」
「………………覚えてはいる」
「その顔は何ですか。そんな顔をするように育てた覚えはありませぬ」
「……………………………………………………」
「情けない!いつもの坊ちゃまは何処にやったのですか!」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
困惑したシャルが思わず『どうしたんで、旦那?』と訊ねかけた時だった。
『きゃああああああああああああああああああああああああっ!大変よロウ!!!ピノキオストーカー野郎が出たわ!何でこの粘着ストーカーがいつになっても逮捕されないのよーっ!最優先で牢獄に放り込むべきでしょうがーっ!帝国治安局は何をやっているのよー!給料泥棒じゃない!』
「ロウさん、た、た、大変ですぜ!暇人のギルガンドさんがまたよろず屋の前でうろついていますぜーっ!」
「性懲りも無く何をしているんだ、この犯罪者め!」
「兄さん、怖い!」
「最初に説明しただろう。私はとある任務のため貴様らを見張っているのだと」
鼻先でロウは嘲った。
「こんな貧乏よろず屋をしつこく見張って何の収穫があるんだ?特務武官と言う地位はさぞや暇なのだろうな。第一、それを言い訳にクノハルの裸を3回も見ただろう。ここでアンタを殺してやりたいよ!」
「あれは偶然だ!あの女に興味なんか無い!」
失笑に見せかけた嘲笑でロウは返す。
「何を言う?クノハルは可哀想に帝国城で出会えば殺さんばかりに睨まれると怖がっていたぞ。貴様が加害者の癖に、『興味なんか無い』だと?」
「勝手に私の目に入ってくるだけだ!それに、向こうだって睨み返してくる!」
この間、ゲイブンがずっと『いや、それってただのストーカーですぜ……』『それはマジで気持ち悪いですぜ……』『えーっ!?おいらだって一度も見ないよう気を遣っているのに!?』『うわあ……人として終わっているですぜ……』と好き勝手に呟いている。
シャルもシャルで、『ああ、美丈夫って変態が多いらしいぞ……』『こりゃあ紛れもない変態だな……』『それで特務武官になれるなら、俺は天下の宰相様になれらあ』『そりゃ人として駄目だあ……』等々と言っている。
パーシーバー:『このパーシーバーちゃんにどうして「スキル:インプリケーション」が無かったのよ!このピノキオ男の頭髪がはげ散らかして太り倒して脂ぎって不潔になる呪いを真っ先に強烈にかけてやったのに!いいえ水虫になって息が臭くなって鼻毛が出て、歩く都度に小指を家具の角に強打して、何となく見た目が貧相かつ気持ち悪くなる呪いでも構わないわ!もう今の段階で十分―――――――――――――に気持ち悪くて不気味でヘンタイで地下牢獄にぐるぐる巻きにして放り込んでやりたいくらい許せないけれどもーっ!ロウにとって何より大事で可愛くてたまらないクノハルに本当―っに!何て酷い事をするのよ!このセクハラストーカー監視男!サイテー野郎の世界記録保持者!今すぐにでも腐った生卵をありったけ投げつけられる処刑を受ければ良いんだわ!いいえもっと惨たらしい処刑だってこのパーシーバーちゃんが何百通りも考えてあげる!そうね、例えば………………』以下略。
クノハルに至っては、一緒の空気も吸うのも嫌だと外に出て行ってしまった。
「坊ちゃま」
冷えた声でキバリが呼んだので、ギルガンドはどうしようも無くなって怖々とそちらを向いた。
「少しお静かになさって下さい」
黙る以外の何が、今のギルガンドに出来よう。
「私が育てた坊ちゃまが妹御に無体を働いて申し訳ございませんでした。乳母の私が代わりにこの通りに謝ります」
小さな老婦人が平伏した。
「お、奥方様!?」
「お婆さん!」
『いやーっ!』
シャルとゲイブンと慌てて、共にキバリを起こす。そして一緒に憤って、
「旦那あ!あんた、偉いお貴族様だか何だか知らねえけどなあ!育ててくれた乳母にこんな事させて平気なのか!ええ!?」
「こんなお婆さんに代わりに土下座して謝らせるなんて、正真正銘の人でなしですぜ!」
『もう、あんまりだわ!育ててくれた人に土下座させるなんて!ピノキオ君は見下げ果てたケダモノと同じよーっ!』
「……」
ギルガンドはもはや絶体絶命の危機だった。
「いいえ、坊ちゃまをこの様にお育てしたのは私ですので」
涙一つ見せずに、キバリは気丈に言ってのけた。
「シャルさん、このご婦人は?」
ロウはシャルの方を向く。
「いつだったっけ……あっしも泣いてたロウの坊ちゃんにお話ししましたね。ロウの坊ちゃんは生まれてくるべき腹を間違えた、って……」
「そんな事もあったな……そうか、このご婦人か」
ゆっくりとロウはキバリの声のする方を向いて、
「お話はかねがね伺っていました。親父には真心を捧げた、素晴らしい女性がいた、と……」




