第17話 直感
皇太子ヴァンドリック・ネロキアス・ガルヴァリーノスはその夜更けに何となく目が覚めた。隣を見ると皇太子妃のミマナが眠っている。穏やかなその寝息に安堵してもう一度眠ろうと彼が寝返りを打った瞬間に、意識が冴え渡った。
枕元に見た事のない書類と、壊れた『神々の血雫』を封印保管した透明な箱が置かれていたのだ。
「またか」
呟いて灯りを点し、書類をめくれば『イルン・デウ』に関するヴォイドの事件の顛末が簡潔に書かれていた。
『またしても……酷い事件だな』
ヴァンドリックの精霊獣『ロード』が重々しい声で言った。
「ロード、一応聞くが……気配はあったか?」
『……。この我が、一切、感知しなかった』
「ヴァン様……あら、ロードも?」
その時、ミマナが目を覚ました。彼は手元の書類を彼女にも見せて、
「また『シャドウ』からだ。……ヴォイドを退治して事件を解決してくれた」
彼女も一瞬で覚めたようだ。
「一体、シャドウは……どなた様なのでしょうか」
「『帝国十三神将』でなければ撃破も難しいヴォイドをあっさりと退治し、ひいてはこの帝都を蝕む邪悪と戦う……」
そしてこの『東宮御所』の厳戒極まりない警備をすり抜けて、かつ精霊獣『ロード』にすら気取られず、彼らの元へ報告書を届ける。
「……まさか」
ヴァンドリックの脳裏に、ある人物の姿がよぎった。
それは完全に、彼の直感だった。
証拠も論理も、一切合切の理由すらも無いのに、彼の中の何かがそうだと感じていた。
「お心当たりがあるのですか、ヴァン様」
ミマナの問いには、だが、彼は言葉を濁して、『何でもない』と答える。
――何故なら、その人物だけには『絶対に』こんな芸当は出来ないからだ。
かつてヴァンドリックを庇ったために、その未来が完全に潰されてしまったのだから。
「いや……何でも無い。一体、誰なのだろうな」
微かに感傷がにじみ出た声で、彼は呟いたのだった。




