第178話 『幻闇』、囚われる
ピシュトーナ家の帝都にある全ての屋敷を、順番に探っていた『幻闇』だったが、最後に乗り込んだ屋敷の地下で想像以上に恐ろしいモノを見つけた。
「……」
子供のものと思われる骨が山となっていたのだ。それも百や二百ではない!
「やはり来たのかえ、噂の『幻闇』かの?」
その声がした瞬間に真っ先に彼はその場からの逃走を試みた。だが、武器が振られた気配も無かったのにも関わらず、『右足』が切断されて地べたに這いずる。続けざまに『左足』も落とされた。
「ほほほ、まるで足をもがれた虫けらのように無様よの」
「……っ!?」
かくなる上は、と『幻闇』は自害を試みた。だが出来なかった。噛み砕いた毒薬の味が変わったかと思うと原材料の毒草にまで戻り、胸を貫いた短刀がただの石ころに変わってしまったのだから。
一瞬だけそれに戸惑ったのが運の尽きだった。
彼はすぐさま自害できぬ様に腕と顎の関節を外され、口からは諸々の毒草を引きずり出されてしまったのだから。
「太母よ、これから如何しましょう」
「『幻闇』がここに来たからには、皇帝共が我らを疑っている事は定まりましたぞ」
視線だけで追った先では、ピシュトーナ家の当主ムガウルとその弟ツェクが、まるで肉の巨塊のように肥えた老女の前で跪いていた。
「まずは妾の可愛い可愛い孫娘カノーを妾の元へ下がらせるのじゃ、それは疾く、疾く急がせよ。後は……計画通りで良いぞえ」
「太母よ、承知仕りました。全てはその御心のままに」
ムガウルが恭しく言うが、ツェクが不満そうに口にする。
「しかし兄御前よ、セージュの発見はまだなのか」
落ち着け、とムガウルは冷静に言った。
「我が弟よ。それは方々に手を尽くし、今こうやって有益な情報がやって来た所だ」
「ふむ……兄御前、こうして『幻闇』が来たと言う事は皇帝共が匿っている可能性が高いと?」
「弟よ、恐らくは帝国十三神将。それも……最近『逆雷』がホーロロより帰ってきた。優先的に探るべきは奴だろうな」
畜生!
「では私が行こう」
「待つのだ、弟よ。貴様の『切断』はあまりにも警戒されてしまう。私が行こう。どうせ皇帝から私を呼び出すであろうからな。アレが死んでさえいなければ良いのだ。生きている限りに幾らでも引き続き魔力を奪えよう」
「兄御前よ……気をつけるのだぞ」
「何、私の『復元』に我が息子の『同期』……何より太母の『分身』があれば、帝国十三神将であろうとも敵では無い!」
「おお、可愛い妾の孫息子ムガウルよ、ツェクよ。気を付けるのじゃぞ、うぬらの痛みは妾の痛みなのじゃから……」
この老女はピシュトーナ家の、太母マージェッテだ。長らく心を病んで引きこもっていたのではないのか!?
「セージュを匿った事に対する『多少の脅し』はするとしても……何より、厭わしくも汚らわしい皇統の根絶は間近なのじゃ。それをゆめゆめ忘れるでないぞ……」
何て事だ、急ぎ陛下に知らせねば、帝国が……姉さんが、姉さんの、子が…………、
しかし『幻闇』はそれ以上何も出来なかった。己の血の海の中で、暗闇の中に落ちるかのように意識を失っていた。




