第171話 悪の花であればあるほど妖艶に鮮やかで
ピシュトーナ家の当主ムガウルの妹カノーは、生まれた時から誰もが驚くような可愛らしい娘だった。その代償なのか、体が弱く、特に目が悪くて文字を読む事さえ辛いと言って、ろくな勉学は修めてこなかったが、誰もがそれで良いと黙認するほどの美女に育った。
雨に打たれた花のように、思わず己の傘を差しだして守らずにはいられない美しさ――と言うのが当時の評判である。
彼女は二十歳の年に、その噂を聞いた赤斧帝に見初められて後宮に入り、皇女と皇子を一人ずつ産んだ。
ピシュトーナ家は狂喜し、外戚の座を狙って動こうとした。
だが残念な事に皇女の方は母親に似ず不細工だし、皇子の方は明るくお人好しの間抜けな性格。何より二人に権力欲がちっとも無く、赤斧帝を追いやる際には我先にヴァンドリックの味方になったため、ピシュトーナ一族は歯噛みしている。
……と言うのがオレが相棒から聞いた経緯である。
オレ達にはピシュトーナ家に言いたい文句が幾つかある。
コトコカは可愛いし母親思いだ。あの性格ドブスの母親からあそこまでまともな感性の娘が産まれただけ『奇跡』なんだぞ。トウルドリックは確かに失言が多い。でもそれは腹黒くなくて、腹芸が出来ないからだ。
二人揃って性格クソドブスの母親に似なかっただけ、花丸付けての満点をやりたいくらい良い姉弟なのだ。
それを手駒扱いするな。大人しく引っ込んでいろ。
「まあ、これは『不出来な第十二皇子』殿下と帝国一の醜女様ではありませんか」
ほら来た。後宮ですれ違っただけなのに、はした金で喧嘩を売ってくるのにももう慣れた。
「……」
ユルルアちゃんが急いでオレ達の車椅子を押して通り抜けようとするのを、底意地の悪い女官が通行止めする。
「ねえ、聞きまして?わたくしの娘の話。わたくしのために新たな書体を考えたのですって。わたくしの息子も、ホーロロで見事に武勲を挙げて帰ってきたのですわ。
ところで殿下は今までに何の手柄を立てられましたかしら?」
ガン=カタの極致を追求するために『シャドウ』をやっています、とは言えないのでオレ達は黙るしか無いのだ。
……とでも思ったか性格ドブス?
こちとら産みの母親を散々に攻撃された恨み辛みが山のごとく積み重なっているんだよ。
「虎の威を借る肥えた豚の真似はせず、我が身を呈して今上帝を庇ったが?」
テオ様、とユルルアちゃんが焦った声を出す。
ここまで悪し様に言ったのは、今のカノー夫人が自力歩行出来ないレベルのおでぶちゃんになっているからだ。
違う。デブも豚も悪くない。オレ(トオル)のかつての親友もおデブだったが、あんなに明るくて面白くて底抜けの天才芸人は他にいなかった。持ちネタのギャグで「おいコラァ!誰が豚や!……俺やー!!」って一発かますと、そこにいた全員が笑い転げていたっけな。
「な、何ですって!?」
肥えた豚が乗る輿を休みなく担がされている宦官の皆様、今日も本当にお疲れ様です。
「……可哀想に」
オレ達が視線を彼らに向けて呟くと、肥えた豚が何か叫んで暴れ始めた。
女官達の注意がそちらに逸れた一瞬を突いて、
「行こう」
「はい、テオ様」




