第16話 曖昧にしても、真実は
私が帰宅して真っ先に気づいた異変は、『臭わない』と言う事だった。
どろどろに溶けかけているクソババアの体は切り刻んでから密封してあるから、臭いの原因は最近掃除をしていない所為だったはずだ。
これも全部クソババアが悪いのだ。
このクソババアの体さえ隠していなければ、有り余った金で掃除婦を雇う事だって出来たのに。
そうだ。
そうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだ!
全部クソババアが悪いのだ。
私は何も悪くない。
ただ、空き巣に入られてクソババアを見られたのなら――。
いや、何も心配なんて要らない。
今の私は、何も恐ろしくなんて無いのだから。
「『エンブリオ』級か。ヴォイドとしては『最弱』なのに、もたらした被害は『チャイルド』級だな」
――思わず振り返った先。
月光に照らされて、道化師の仮面で顔を隠した男が立っていた。
「き、き、き、きっ、貴様っ」
「誰と聞かれたら応えてやろう」
「ガン=カタを愛する者として!」
大げさな身振りでその男は一礼すると――。
「イルン・デウ。貴様の悪行は全て明らかになった。もはや『固有魔法』も通用しない。大人しく罪を認めて罰を受け入れろ」
「し、し、し、し、死ね!」
私は『曖昧』を解除して、男を八つ裂きにしようとした。
ようやく手に入れた私の幸せだ、もっともっともっともっと欲しいのに!
こんな変な男の所為で奪われてなるものか!
なのに、男はまるで踊るようにふわりと私の爪を躱し――。
「――ガン=カタForm.8『パワー』」
閃光が瞬き、破裂音のような音がしたかと思うと、激痛が立て続けに私を襲った。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
あまりの痛みにのたうち回りながら、私は窓から外へ逃げようとした。
こんなはずじゃ無かった!
こんなはずじゃ――。
だって、私はもっともっと幸せになって当然の人間なのだ!
「貴様はもはやヒトではない」
「ヴォイドに堕ちて、奈落に堕ちたんだ」
その声が最後だった。
一度だって満たされないまま、私は――。




