第160話 へそ曲がりジジイ①
『逆雷』ことバズム・フースサの元々の名前はムザブドリック・フースス・ガルヴァリーノスと言う。
その名が示すとおりに、『乱詛帝』の異母弟であり、皇族の血を引く者であった。
しかし彼の母親が――后や夫人はおろか下級の女官でさえ無い、酔っ払った時の帝が一夜弄んだに過ぎない下働きの若い女だったために、幼い内に僻地に母子共々追いやられ、そこで育った。
その出自が影響しているのかどうかは分からないが、この男は若い時からへそ曲がりで偏屈で奇矯な性格をしていた。腹の立つ事があったら、その者の前で平然と糞をひり出すのはマシな方。娼婦5人と恋仲になって全員で駆け落ちした。その娼婦に全員先立たれれば喪中だと称して3年も風呂に入らなかった。基本的に気に入らなければ上からの命令でさえ無視する。乱闘騒ぎは彼の人生の伴侶で、道ばたで喧嘩を見つけようものなら大喜びで突っ込んでいく。
それでもこの破天荒な男は、30の時には西の国境の砦の総司令官にまで上り詰めていた。血筋に皇統が混じっていたからではない。彼の実力だけで上り詰めたのだ。
その実力を、皇太子ヴァンドリックは頬杖を突いてこう評した事がある。
「大叔父上にはいつか100万の軍隊を指揮させたいものだ。その『いつか』が永遠に来ない事を願うが……」
個人的な武勇では『閃翔』や『峻霜』には遙かに及ばないが、この『逆雷』には1000年に一人の類い希なる軍才があったのだ。
まるで雷が逆さに昇るような奇想天外な策を打ち出し、いとも容易く敵勢を破る。
「勘じゃ」とバズムは言う。「全部ワシの勘じゃよ。他に説明のしようが無いのー」
そこに固有魔法『以心伝心』が加わった結果、彼は18の年には1000の敵兵をその一割にも見たぬ寡兵で撃退した武功から始まって――どの大軍が相手だろうと常に圧勝をおさめてきたのだ。
かつて『赤斧帝』が皇太子ケンドリックであった時、『乱詛帝』の暴政と軍を率いて戦うに当たって、真っ先に助力を求めに行ったのがバズムである。が、皇太子が来たのに、会いもせずにバズムは断った。何だか気に入らないと傲岸不遜にも言い放ったのである。
……最終的にケンドリックは10回も足を運んで、平身低頭までしてどうにかバズムの助力を得たのだった。そして歴戦連勝の果てに『赤斧帝』になった。
そのバズムが唯一、初対面から大層気に入っていた人物が一人だけいる。
皇太子ヴァンドリックである。
「やあ、やあ、これは『小さい殿下』!」
ご機嫌で幼い皇子に軍学の手ほどきをし、時には遊び相手として自ら馬の真似や肩車までした。周りに居る宦官や女官達は、この御しがたい奇天烈な男がいつ激高して幼い皇子に危害を加えるかと気を揉んでいたが、ついに一度もそのような事は起きなかった。
むしろ幼い皇太子から、
「バズム大叔父上、大人なのですから少しは慎みを以て落ち着きなさいませ」
とたしなめられると、ペロリと大きな犬のように舌を出し、
「そればかりは『小さい殿下』のお頼みでも聞けませんのう、フハハハ!」
と、ひげ面のまま愉快そうに笑うのだった。




