第157話 ありがとう、さようなら、そして事件
「ハビ、遅くなってしまってご免なさい」
そう言ってユルルアちゃんは真新しい墓に花束を手向けた。
「やっと貴女とご両親を……一緒に眠らせてやる事が出来たわ」
ユルルアちゃんが膝をついて祈りを捧げ終わるまで、オレ達もゲイブンも黙って頭を垂れていた。
しばらくして、ユルルアちゃんが立ち上がると、
「それで……ロウさん。非常事態って何かしら?この墓地で待ち合わせだなんて、どうしたの?」
「姫さんは、最近、帝都の巷で奇妙な怪談が流行っているのは知っているか?」
ひょっこりと杖を突いて現れたロウは、一人では無かった。
もう良いぞ、と背後の人物にボロ布のフードを外すように言えば――痩せっぽちでオドオドとした態度の少年を連れていたのだ。
「その子は……?」
「おいらの後輩のセージュですぜ」ゲイブンが自慢そうに答えてくれた。「『フェイタル・キッス』のマダム・カルカが最近拾ってきたんですぜ!な、セージュ!」
「は、はい……」とビクビクしながらセージュは頷いた。
「怪談とその子が、どんな関係があるのかしら?」
……だぁ、だぁ、きゃああ、あぶー。
遠くから聞こえてきた赤ん坊の声に、オレ達はハッと周りを見渡す。が、無数に点在する墓や雨除けの建物が邪魔をして何処から近付いてくるのか分からない。
「赤ん坊の……声?」
ユルルアちゃんにも聞こえているだと!?
じゃあ、声の正体は何なんだ!?
ロウが教えてくれた。
「噂によると、目を閉じた方が良いらしい。普通に見てしまうと問題が生まれる可能性が高いんだ」
『精霊獣なら見ても問題ないわ』
既にセージュはギュッと目を閉じて震えているし、それを聞いたユルルアちゃんもオレ達の手を握って目を閉じた。ゲイブンは言うまでもない。
仕方なくオレが目を開けたまま、相棒が目を閉じると――。
「あう、ああぅ、だぁー」
それは、オレ達の膝の上に――まるでテレポートでもしてきたかのように現れたのだった。
『……これは』
『この可愛くてお洒落で素敵なパーシーバーちゃんによると、精霊獣で間違いないわ』
パーシーバーがその小さすぎる精霊獣をあやすと、うきゃーと大喜びした。
『でも、赤ん坊じゃないか』
『そうよ。ものっすごく苦労して喃語から通訳したのだけれど、名前は「トドラー」って言うみたい。「スキル:ララバイ」を使える事までは……分かったわ。頭を使いすぎてこのパーシーバーちゃんが知恵熱を出したのよ?全くもう!』
『誰の精霊獣なんだ?』
『それがね…………実は、ちっとも分からないのよ。何せよちよち歩きの赤ちゃんでしょう?魂で繋がっている先までは恐らく「トドラー」本人も分かっていないんじゃないかしら。ただ、このセージュはこのプリティキュートなパーシーバーちゃんが何となく見えるみたいだから、可能性としては……なのよね』
『聞こえないのか?』
『あのね、基本的に人間は人間、精霊獣は精霊獣同士でしか意思疎通が出来ないの。お互いの魂が繋がっているから全てを共有して、知覚と共感もできるのよ。でも「トドラー」はこの通りに赤ちゃんでしょう?聞こえてはいるのだろうけれど、言葉の中身を分かっていないんじゃ無いかしら。それでも目は見えているから、セージュもパーシーバーちゃん達の存在を視覚的に認識は出来ている――そう考えるのが自然じゃないかしら。多分だけれども』
「うあー、あぶー、ぶぅー」
『それで……噂と言うのは?』
オレが仕方なく、いないいないばあをしてやると、『トドラー』はきゃあきゃあと喜んだ。
『「トドラー」ってこの通りに赤ちゃんでしょう?しかも従えているはずのセージュも自覚がない。だからなんだろうけれど……』
パーシーバーは困った顔をしてオレ達に言った。
『無差別に「スキル:ララバイ」を発動させて……この姿を目撃した人を無差別に――死んだみたいに眠らせちゃっているのよ。ロウが確認しただけで、被害者はもう30人近いわ。それが原因で、この子を目撃したら死ぬ、嫌ならこの噂を広めろ!ってとんでもない噂が遊郭から帝都のあちこちに流れちゃっていて……』




