第156話 新たな噂
牛車はゆったりゆったりと静かな朝の内に帝都から離れて、涼しい内に郊外にある平民向けの墓地に到着した。
護衛として牛車の前後に兵士が一人ずつ付いているが、欠伸をしたり暢気に景色を眺めやったりと、しっかり護衛として働くつもりは無さそうだった。
空は青く晴れていて、近くの村の者だろうか、農作業にいそしむ平民や家畜が遠くに小さくまばらに見え始めている。
墓地へ向かう分かれ道に入った途端、道ですれ違う者もない。さっきまで通っていた、帝都に繋がる大街道はたいそう賑わっていたが、もうその喧噪も聞こえなくなってしまった。代わりに時々聞こえる、鳥のさえずりが何とも楽しそうである。
「呼ぶまでここで待っているように」
牛車に乗っていた車椅子の貴族の御曹司とおぼしき身なりの良い少年は、護衛二人にそう告げた。
同乗していた顔を隠した同じ貴族の姫君らしい少女が、黙って銀貨一枚を取り出し、牛車を操っていた牛飼いの少年に渡して、墓地の前に構えていた花売りの屋台から綺麗な花束を買ってこさせた。
牛飼いの少年は心得たもので、その花束を姫君に恭しく捧げてから、貴人の少年の乗る車椅子を押し始めた。
――3人の姿が人気の全くない墓地の遠くに行ってしまうと、兵士の一人が牛車に寄りかかった。どうやら、のんびりと体を休める事に決めたらしい。
「よし、休憩しよう」
そう言われても、まだ若い方の兵士は槍を手に立っていたが、
「大丈夫さ。ここで待っていろと言われたんだから」
と再三言われて同じように休憩を始めた。
「珍しいですよね。あの第十二皇子殿下が、平民の墓参りに行きたいだなんて……」
空を楽しそうに待っている鳥をぼんやりと見上げながら、若い兵士は呟いた。
年上の兵士は地面をせわしなく動いている虫達を観察していたが、
「婚約者が可愛がっていた召使いのために、わざわざって事らしい。まあ良いさ、こんな楽な仕事もそうそう無いからな」
「……そうですね」と彼は相づちを打ってから、「そういや……この噂、もう聞きましたか?」と勿体ぶって話し出した。
「ん、何だ?何の噂だ?」と年上の兵士はゆっくりと顔を上げた。
「あくまでも噂なんですけれどね」と彼は前置きしてから、「遊郭にね、お化けが出るって言うんです」
いかにも噂らしい噂で、年上の兵士は笑ってしまった。何処にでもありそうな怪談話ではないか。
「さぞやべっぴんの幽霊なんだろうなー」
「いや、そっちじゃないらしいんですよ。よちよち歩きの赤ん坊……らしくて」
「はあ?」と年上の兵士は思わず呆れた声を出した。「遊郭で赤ん坊が出てきたとなりゃ、そりゃ客と深い仲になっちまった娼婦の仕業だろうがよ」
「だと思うじゃないですか」
どうも若い方の兵士が――よくある肝試し前に怪談をする時のように、少し脅すような雰囲気の口調ではない。それが急に、不気味に思えてきた。
「じゃなかったら何だってんだ?……おい、まさか」
「遊びに行った兵士も見てしまったらしいんですが……」
「おい、おい!?」とうとう年上の兵士は声を荒げた。「冗談は止めろよ!?」
「冗談じゃありませんよ」彼はまっ直ぐに見据えて、言った。「その幽霊……見たら死ぬらしいんです。それが嫌だったら、この噂を誰かに聞かせるしかないらしいんですよ」




