第154話 月に面影を
「……そうか。これが……」
皇太子ヴァンドリックはそのヒビの入った仮面に手をやって、頷いた。
「それが『シャドウ』の仮面だったのですわね」
ミマナ姫が何処かつまらなさそうに呟いた。
私ともあろう者が、折角の時に気絶していたなんて……と己に対して幻滅していたのだ。
「処刑人達の管理不行き届きについては減給一月くらいが適切だろう。相手が悪すぎた。叔父上の方も『何も知らない』と震えながら仰せだった様だ……。
これで終わりにしよう」
「ではそのように。ところで……」
少し言い淀んだミマナ姫に皇太子は問いかけた。
「どうした?」
「ヴァン様、あの日から少し晴れやかなお顔をしていらっしゃいます。もしかして……『シャドウ』の正体がお分かりになったのですか?」
「――」
ヴァンドリックはしばらく目を伏せて黙っていたが、その口元には僅かに笑みが浮かんでいる。
ミマナはヴァンドリックがこうなったからには、いくら問い詰めてもはぐらかされる事を知っていた。
この男はいつも人の意見を良く聞き入れるが、どうしても頑固な所がある。
だが彼女はしつこく詰問するような無粋な事をするつもりもなかった。
何故なら、彼女が誰よりも愛する男が――
「いいや、ちっとも正体は分からない。だが……私は月にその面影を見やる事が出来た」
そう答えるなり、心底から楽しそうに愉快そうに声を上げて笑い始めたから。
「それは……良うございました」
彼女もつられて笑んだ時、赤子の泣く声がして二人は揃ってそちらに顔を向ける。
「申し訳ござりませぬ!」乗った車椅子を押されながらキアラカが姿を見せた。その腕に大事そうに生まれたばかりの娘を抱いて。「この子がどうしても泣き止まず……!」
「よしよし、おいで」ヴァンドリックがそっと娘を抱き上げると、途端に娘は眠ってしまった。「……可愛いものだな、娘と言うのは」
「うふふふ。殿下が父だとこの幼さで分かっているのだもの。キアラカに似て可愛い上に、とてもお利口な娘だこと……」
ミマナも微笑んで見つめている。
「殿下、そろそろお支度の時間でござります」
そこにレーシャナ姫がやって来て、時が来た事を知らせると、彼は愛娘をキアラカに返した。
「産後の体を大事にするように。……この子も頼むぞ」
「はっ」
キアラカは頭を垂れる。
腕の中の愛しい小さな人キアラニャを起こさないように、とてもとても小さな声で返事して。
そして――皇太子ヴァンドリックは、ガルヴァリナ帝国の新たな皇帝としての即位の大礼を執り行うために前へと進み始めた。




