第151話 世はなべて事もなし④
廃帝ケンドリックが檻に入れられて荷馬車に乗せられて、帝都を引き回しにされた時、最初こそ道沿いに出てきた民衆は、遠巻きにして怯えながら見物していたものの――その中に座したケンドリックが酷く穏やかな顔をして、澄んだ目で彼らを眺めながら無抵抗に見世物にされていたので――最初に投げたのは誰か分からないが、不意に石礫が飛んだ。
たまたま、それがケンドリックの額に当たって血が流れた。
「人殺し!」
一瞬だった。
凄まじい怒りが伝播するのには。
激怒した民衆は手当たり次第に石や物を投げつけ、罵声を浴びせ、それでも収まらない者は護衛の兵を押しのけて檻の中に手を伸ばし、ケンドリックの体を引っ掻こうとした。
まるで波が押し寄せるように、何度も、何度も――。
それが処刑場に着くまで無数に繰り返された。
「この悪魔!」
「家族を返せ!」
「人でなし!」
「鬼畜め!」
――飛び交う罵声と石礫、押し寄せる民衆の中を荷馬車はのろのろと進むしかなく、処刑場に着いた時には、ケンドリックはもう血まみれだった。
処刑人の指示にそのままに従い、廃帝は首切り台の前で座らされた。
主だった処刑人が書状を手にしてケンドリックの罪状を大声で読み上げると、みっしりと潰れるほどに押し寄せた民衆達が湧き上がった。
「殺せ!」
「殺しちまえ!」
「拷問しろ!」
「泣き叫ばせろ!」
「早く殺せ!」
「殺せ!」「殺せ!」
「殺せ!」「殺せ!」
「殺せ!」「殺せ!」
「殺せ!」「殺せ!」
「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」
「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」
「殺せ!!!!」「殺せ!!!!」「殺せ!!!!」「殺せ!!!!」「殺せ!!!!」「殺せ!!!!」「殺せ!!!!」「殺せ!!!!」「殺せ!!!!」「殺せ!!!!」「殺せ!!!!」
――ケンドリックは、何気なく貴賓席の方を見た。皇太子と目が合った。彼の息子は無表情を保っていたが、その瞳には悲しみが暗く影を落とし、しかしそれ以上に義務感から生まれた覚悟が満ちていた。彼の弟であった皇帝は顔を背けて声を殺して泣いていた。
心配するな。彼は唇だけを動かして、伝えた。お前ならば、この国の未来を頼める。
とうとう皇太子が合図を出して、次いで皇帝が顔を背けたまま手を上げた。民衆の情動と興奮は最高潮に達した。彼らは処刑場を覆う鉄柵をねじ曲げるかのように押し寄せ、近寄れない者は肩車をして貰っていた。あまりの熱気に死体に群がる鳥でさえ近寄れない程だった。処刑人がケンドリックの頭を首切り台に押さえつけた。しかしあまりにも無抵抗にケンドリックが自ら首を下げたので、処刑人は少しだけためらった。それでも激情しているこの民衆を前にしては、もう今更だった。せめて一撃で終わらせてやるのが最期の情けだ、と彼は決意する。
ゆっくりと斧が振りあげられて――。
地を揺るがすような大きな歓声はしばらく続いた。




