第145話 人の心の奥底に潜むもの
「『タイラント』……!」『赤斧帝』――いや、ケンドリックは目の前で光の粒子に変わって消えていく精霊獣の姿に、頭を抱えて膝を突いた。そして身をよじって絶叫した。「違う、違う、これは、違う!こんなのは私じゃない――!!!!」
――上空から隼のように『閃翔のギルガンド』が急降下してきた。
「殿下、妃殿下、ご無事か!?」
「ギルガンド、どうして来た!それだけは決して許さぬと厳命したはずだ!」
皇太子ヴァンドリックは彼に抱き起こされたが、すぐに叱責した。
この驕慢な男はついに皇太子の命令にさえ逆らったのだ。
けれど何処か爽やかな様子で答えて、
「フォートンの顔面に辞表を叩きつけヴェドを殴ってこちらに参じたまで。今の私は帝国十三神将でも特務武官でもなく、ただの一人のガルヴァリナ帝国の臣民としてここにおります」
「莫迦者!」
これで最大の脅威は片付いたので、ロウを探すべく立ち去ろうとした時――オレ達の肌が悪寒に粟立った。
振り返れば、大朝堂の瓦礫の上を、ふわふわと幽霊のごとく浮かびながら、ロウがこちらに向かって歩いてきていた。
いつも閉じている白い目を見開いて、ロウははっきりとオレ達を視認していた。
「――アハハハハハハハ!言ったであろう、人の心は、暗闇ぞ、暗闇ぞ……この世の邪悪が煮詰まった地獄の釜底ぞ、と!!!」
ロウの声じゃなかった。
しわがれた老人特有の、桁違いの恨みと怨念にまみれた声――。
「まさか、父上……」ケンドリックがロウを見て、己の手を見て、それから頭を抱えて叫んだ。「まさか、私の血に……『呪い』をおかけなさったのか!!!」
「皇帝にして父祖たる朕が、我が血を引く者を呪って何が悪い?全ては貴様が朕を討ったからぞ?朕が生きてさえおれば『残呪』も具現化しなかったものを……」
「「「!!!?」」」
皇太子もオレ達もギルガンドも絶句した。
ケンドリックは瓦礫の中から木材を引き出すと握りしめ、ロウめがけてまっしぐらに飛びかかった。
「『タイラント』を返せ!私の片割れを返せ!私の名誉を返せ!私の臣下を返せ!私の臣民を返せ!私の夢と理想を返せ!私は必ずや太平の世をもたらし臣民を安んじると誓ったのに!!!」




