第143話 月の影
「どうした?逃げないのか」一歩一歩と距離を詰めながら、『赤斧帝』と『タイラント』は皇太子とロードに迫っていく。「逃げればお前の命だけは助かるやも知れんぞ?」
「その代わりにこの帝都の民を一人残さず手にかけるつもりだろう」
「流石にお前は分かっているか。昔からお利口だったからな。そう言えば……もう一人、お前の下にいたはずだったが……」
思わずヴァンドリックは大喝していた。
「貴様が殺したのだ!私を庇ったテオを!あんなにも惨いやり方で!」
「殺める事は呼吸と変わらぬ、私にとって。死ねば皆同じ、ならば手段など何でも良いだろう」
それを実証するかのように『タイラント』の豪腕が振り下ろされた――。
――オレ達が走りながら放った魔弾が命中して、振り下ろされた『タイラント』の腕の軌道を僅かに変えた。同時に『ロード』がヴァンドリックを抱えて後ろに飛び、地面に大穴が空いたものの辛うじて回避させる事に成功する。
「誰だ!?」
『ころす、じゃま!じゃま、ころす!ころすころすころす!』
「誰と聞かれたら応えてやろう」
「ガン=カタを愛する者として!」
その者は、雨夜に浮かぶ月を背景にして――太極殿の廃墟の上に、まるで影のように立っていた。
「そんな……まさか――!?」
手を伸ばそうとしてヴァンドリックは力なく地面に倒れる。しかし『ロード』にももう彼を助け起こす力も無く、傍らでうずくまるきりだ。
二人が顔を上げて揃って無言で見つめる中、オラクルが叫んだ。
『ああ!ああ!――私の脳裏を焼くほどに眩しかったあの光は、闇夜を照らす月の光だったのだわ!』




