第142話 窮地
『だいじょうぶ……だいじょうぶ。だいじょうぶだった!』
泣きじゃくるベリサの背後。
雨に打たれながら『タイラント』が身を起こした。
次いで、「赤斧帝」も。
彼らは『スレイブ』を盾にしていたので無傷だったのだ。
「お、お父さん、『タイラント』……!」ベリサは泣きながら二人にすがった。「『スレイブ』が!『スレイブ』が!死んじゃったの、いなくなっちゃったの!!!」
「ではもう役立たずだ」
――上からかけられた信じられない程の冷酷な言葉に、少女はしばらく言われた内容が理解できなかった。
「お、お父さん……?」
目を見開いて、震えながら訊ねる。
それまで慈愛に満ちていると思っていた視線が、実は人間味が一切無いほどに冷えていた事に彼女は気付いた。
「お前はな、ベリサ。私が遠征先で焼き払った村が幾つかあって、そこにそれなりの美女がいたので戯れに寵愛してやった――その結果生まれたらしい。お前の存在は正直、想定外だったがそれなりに役に立った。だから父と呼ばせてやったのだ。
しかし、もはや二度と呼ぶな」
「え、う、嘘だよね?おとうさ……」
「消えろ」
『ロード』が咄嗟に展開した結界がタイラントの一撃を弱めてベリサの命だけは救ったが――体は遠くへ吹っ飛ばされて瓦礫の中を血と共に転がった後で、それきり動かなくなった。
ミマナ姫は気絶していて、その体をオラクルが抱きかかえている。
『ハァ……ハァ……ヴァン、そろそろ我も限界が近い……』
「……何、覚悟は出来ている」
皇太子ヴァンドリックとロードだけが、壊れかけた結界の向こうで、負傷した体をどうにか気力だけで立たせていた。




