第13話 『セイタカアワダチソウ』のような
「恐らくヴォイドに成り下がったのは資料課のイルン・デウでしょう」
「恐らく?それはどう言う意味だ」
オユアーヴが怪訝そうに訊ねる。
「私が見たところ、外見が人間のままだったからです」
……外見が人間のまま、か。
「どうしてクノハルはその人をヴォイドだと推定したのかしら?」
ユルルアちゃんが理由を聞いたら、
「資料課の役人全員が吃音で話すようになっていたのですよ。私の記憶を参照した所、資料課で重度の吃音持ちなのはイルン・デウだけでした。吃音だけじゃない、行動もイルン・デウの問題行動そのままになっていた」
「女官だけに挨拶して、返事が無かったら、ね。……皇太子妃様直属の女官も被害に遭ったと……伺っているわ」
「ええ。妻子のある役人まで突如そんな振る舞いになったので、家族も困惑しているようです」
オレ達は舌を巻いた。相変わらずクノハルは頭が回る。実働も恐ろしく早い。
「『家族も』って事は、ロウ達が?」
「はい。兄達が伝手を辿って情報を集めました。対象と直に接触するのは危険を伴うため、家の様子を外から覗うだけにしていますが……イルン・デウと同居しているはずの母親の姿が見当たらないと言っていました」
これは、確定だと思って良いだろう。
「僕が行く」
「ご武運を」
朝、帝国第一高等学院に通学するためオレ達はいつものように牛車に乗った。
ほとんどの人間が馬車に乗る中、どうしてオレ達が牛車でゆっくりゆっくり通学するのかと言うと、
「馬車だと振動で、腰が痛くて……」
表向きにはそう言っている。
だが、実際の理由は、
「テオの兄貴、今夜ですかい」
牛を操っているロウの助手の少年ゲイブンが、オレ達を牛車に乗せる時に小声で呟いた。
ゲイブンの方が年上なのだが、何故かいつもオレ達を兄貴と呼ぶ。
「ああ。いつも通りしばらく影武者を頼む」
「へい!おいら、オユアーヴさんの飯が楽しみですぜ!」
「そう言ってやるとオユアーヴも凄く喜ぶだろう」
牛車がのたり、のたりと動き出した。
そして夕方、オレ達は校門からゲイブンの手によって牛車に乗せられて帰路に就いた。
その後は帝国城の裏門でゲイブンとは別れる。オユアーヴがいつも通りにオレ達の車椅子を押して、ユルルアちゃんがその後を黙って項垂れて付いていく。
「……」
その姿が見えなくなってから。
オレ達は牛車を所定の位置に停めると、牛を牛舎に返し、そのまま帝国城を出たのだった。
「なあ、相棒」
「何だ、いきなり」
「イルン・デウをさ、土下座させたくないか?真面目に真っ当に生きている人達にさ」
「ああいう連中は、誰かに申し訳無く思うとか心底詫びるとかそんな殊勝な精神は持っていないんだ。普段は人を殺さない代わりに人々の心を腐らせ侵す毒をばらまいて、きっかけがあれば直に危害をも加える。そんな反社会的な精神構造をしている癖に、いざ自分が社会に受け入れられないと社会が悪いような自己憐憫じみた被害者妄想を抱いて、滑稽なまでに自分を正当化することに躍起になる。
結局、連中にとっては『普通』がひとかけらも『普通』ではないんだ。己は『普通』相手に甘ったれるのみならず唾棄して蔑ろにしている癖に、さも己だけは『普通』の模範囚のような顔をして、本物の『普通』の人々を『おかしい』『普通じゃない』と嘲る。
存在するだけで哀れで惨めで汚くて卑怯で無様で醜くて臭くて賤しくて、そこにいるだけで周囲にとって悩みの種になるんだ」
「ああー、いわゆる『セイタカアワダチソウ』か」
「何だ、それは?」
「ええと、いわゆる異世界の草花なんだけど……まあ、自分達が繁殖するために土壌を化学物質で汚染して、周りの植物を枯らすんだってさ」
「見事にそうだな」




