第137話 アバドン
「それが出来ぬのです」と皇太子はこの臆病で野心の無い叔父を見つめた。彼はこの叔父が好きだった。臆病だったが卑しい所の無い気性だったから。「この帝国城の最終防衛兵器『アバドン』の起動は、精霊獣を従える者にしか出来ぬのです」
「……そんな……」
「そもそも賭けに勝てば良いだけの事。私は死ぬつもりはありませぬ故」
「……武運を、祈っている」
それからは大忙しだった。帝国城の者を小人数に分けて、聖奉十三神殿に移動させる兵士や連絡兵に護衛させつつ、何往復もして神殿へ避難させる。聖奉十三神殿に移動させる荷物の中に入れる他、聖奉十三神殿にいる軍の飯炊きや洗濯に必要な人員を送っている体を装いながら。
オレ達は皇族だったので、ゲイブンを呼ぶ暇も無く、優先的に、早々に避難させられたのだった。
「テオ様、皇太子殿下は……今頃……」
「行く。後を頼む」
「はい。……お気を付けて」
オレ達は帝国城に結界が張られた有様を観察していたが、そろそろだと思って準備していた。
いつものように腰が痛い、休みたいと訴えて貰った一室の中で、布団の中に敷布を丸めたものを押し込んで、寝ているふりの偽装も済んだ。
「ご武運を」
「気を付けろよ」
クノハルとオユアーヴも偽装を手伝った後は、ユルルアちゃんと一緒にこの部屋で事態を見守るつもりらしい。
その時、いきなりこの部屋の戸を叩く音がした。オレ達は急いで家具の影に隠れた。
「テオ、いますか……?」
その声は先の皇后たる、皇太子とテオの母親――アマディナの声だった。




