第124話 飲める水
「ロウさーん!」
と男が去った後、ゲイブンが物陰から顔を出す。
「いやー、説得ってかなり大変なんですぜー!もう6人目ですぜ……おいらもう喉がカラッカラですぜ!」
「少し休むか。――ああ亭主、依頼通りに追い払ったから水を一杯くれ」
あいよ、と安酒屋の亭主がくれた水を二人で一気に飲み干して、
「でも超珍しいっすよね?皇族の方々がおいら達平民の、しかも元罪人にですよ?就職先を見つけてくれたり、家を貸してくれたり……。今までならせいぜい、炊き出し程度だったじゃないですか」
「テオの提案した福祉政策をテリッカ皇女が拾って練り上げていた所に、キアラカちゃんの後押しがあったんだろうな」
「そっか、元々貧民街で暮らしてたって……」
とゲイブンは遠い目で帝国城の方を見て、おいらもそのくらい誰かの役に立つ力が欲しいなあ、なんてぼんやりと思った。
この無垢な少年に向けて、ロウは言った。
「本当の貧しさと言うものは何だと思う、ゲイブン」
「原因?お金が無い事じゃないんですか?」
「親父が言っていたんだ、貧しい土地で何が起きたか。
かつて親父達は戦乱によって荒廃した土地のために苦労して立派な井戸と井戸を覆う建物をこしらえてやったんだ。水が便利になれば人の生活は確実に潤う。そして豊かになる。ゲイブンもそう思うだろう?」
「そりゃーそうですぜ!」
ロウは軽くため息をついた。
「次の年にその土地を親父達が通りがかったら、何も無かったそうだ。貧しい連中が井戸を叩き壊して、その建材で暖を取った所為で」
「え……」
「ゲイブン、貧しいとは豊かである事の対極だ。豊かである事とは――色々な無駄な事――つまり教養と教育から育まれるんだよ。それを忘れるな。人とその人生において最も大事なものは、すなわち無駄なものだからな。無駄なものを許せて受け入れられる力こそ、人生を豊かに耕すんだ」
「……」ゲイブンはしばらく目をパチパチとさせていたが――こう言った。「……ロウさん、だからって闇カジノにまた行こうとしたらおいら許しませんからね!?」
笑いすぎたあまりにむせてしまい、半分泣きながら安酒屋の壁にもたれて耐えているパーシーバーの前で、ロウは逃げようとするゲイブンを捕まえて、これでもかとどついていた。




