第123話 しがらみは多い方が良い
――見知らぬ男の声がかけられて背後を振り向けば、杖を付いた盲目の男が立っている。
転んだのか喧嘩に巻き込まれたのか、全身に怪我をしていて左足を引きずっていた。
「そこを退いてくれないか、少し座って休憩したいんだ」
「うるせえ!嫌だ!俺はもう罪人なんだぞ!殺されたくなかったらあっちに行ってろ!」
「……もしかしてアンタも特赦か?」
しかし男は杖を付きながら近付いてきて、彼の隣の椅子が空いている事を探り当てるとさっさと座ってしまった。何だこの男は、と彼が怯んだ時、
「もし真っ当に働いて生きていきたいなら、良い事を教えてやる。第四皇女のテリッカ殿下が特赦された者のために、今日からしばらく帝国城の西門近くで仕事や住処の斡旋所を開かれているそうだ」
「……は?」
「俺も仕事が欲しくて行ったんだが、目が見えないんじゃ無理だと門前払いをくらってな、泣く泣く引き返してきた所だ」
「……ほ、本当に、仕事や家を……?」
「ああ、炊き出しもやっていた。美味い雑炊と野菜汁だったぞ」と男は腹を撫でる。
「だけどよ、もしかしたら騙されて遠くに売られるんじゃ……」
「帝国城の下働きが騙されて売られるんじゃ、この帝国も終わりだなあ」
「帝国城だって!?」
彼は酔いも覚めて飛び起きた。男はそうだと言って、
「この前、第二皇子派が処刑されたんだが、それに伴って後宮や『清滝宮』の人員を大勢入れ替えたいらしい。そういや、アンタ捕まる前は何をやっていたんだ?」
「職人……建具の……」
「へえ。何で捕まったんだ?」
「実はさ……」
と彼は身の上を話した。すると男はこう言った。
「どうせここで飲んだくれていても野垂れ死ぬだけだ。西門へ行ってみて駄目だったらまた飲みに戻れば良いさ」
――恐る恐る西門に出向いた彼だったが、手に職が付いていた事もあってあっさりと仕事が決まった。さる中流貴族がクォクォ家の後釜となるべく勅命を受けており、腕の良い職人を数多募っていたのである。そこには彼と同じ、クォクォ家で働いていた仲間の職人達も大勢いたので、魔法封じの入れ墨があってもそれほど酷い差別を受けずに済んだ事も、彼を救ったのだった。
住処も決まって暮らしが落ち着いた後――彼はもう一度貧民街に赴いたが、あの盲目の男は見つけられなかった。




