第11話 クノハル・ゼーザは不屈の女①
クノハルの出自についてオレ達が語っておこう。
クノハルは妾腹の子である。評判の美女だったクノハルの母親は、一人では生きていけない女だった。夫を亡くした次の日に、大貴族ブラデガルディース家の妾に収まった。
そしてクノハルが生まれた訳だ。
……クノハルが頭と性格の悪い女だったら、もっと気楽に生きられていただろう。
だがクノハルは嫡子の誰よりも頭が良くて、所持している固有魔法も『完全記憶』だった。嫡子が家庭教師から教わっている側を通りがかっただけでその全てを覚えてしまうくらいだったから、疎まれて、正妻と嫡子からは徹底的に虐待されていた。
実の父親さえもそれに加担した。いるじゃん、『自分より優れた女』が嫌いだったり、疎ましがったりする男って。正にそれだったんだ。生みの母親さえも敵だったらしい。自分に似ていない生意気な娘より、自分がお化粧をしたり綺麗な服を着たり宝石を身に着ける方が大事だったから。だから、クノハルは幾度となく死にかけた。
『完全記憶』って凄まじい固有魔法だけれど、一点だけデメリットがある。
『忘れられない』んだ。
何十年の時が経っても、かつて虐待された記憶でさえ忘れる事が出来ず克明に残り続ける。
どれほどの精神力で、どれほどの痛みを抱えてなお、クノハルが平然と振る舞っているのかオレ達には分からない。
幸いだったのはクノハルの異父兄のロウがまともな人間だった、と言う事だった。母親を毛嫌いしていた彼はクノハルの窮状を知って、即座に幼い異父妹を引き取った。
赤字経営極まりない『よろず屋』の主だったのに、よく決断したと思う。
だからクノハルは貴族の血が半分入っているが、人生の大半を貧民街で育った。
クノハルがロウの仕事の手伝いをしていた時に、とある本好きの一人暮らしの大富豪の遺品整理と言う依頼が入った。金持ちの蒐集する本って重たいし嵩張るから、館の召使いや親族だけでは手に負えなくて、召使いの一人の知り合いだったロウに依頼を入れたんだ。
クノハルはこの膨大な蔵書を一頁も残さず『完全記憶』した。そして知ったんだ。官僚試験がある事、その中で会試以上を突破すれば上級官僚としての道が開ける事を。
ロウに相談もせず、一番綺麗な服を着て、クノハルは書店に出かけた。
……書店の主も思わなかったんだろう。パラパラと本をめくっているだけだと思ったんだろう。物を盗む訳でも壊す訳でも明らかに立ち読みしている訳でもなかったから、追い出せなかったんだろう。
クノハルはそう言う事を何度か繰り返して、帝都にある全ての書店の本の内容を記憶した。
でも、最後の問題があった。試験を受ける費用が無かったんだ。
ロウに相談しても、無い袖は振れないし、どうしたものかと逆に頭を抱えられてしまった。




