第112話 投げられたのは石か賽か
「ようやく、よ。元々は年若い召使いが行方不明になる事件の調査からだったのだけれど、帝国治安局がブラデガルディース家本邸の離れに何かが大量に隠されている事を突き止めたのです。しかし、それを報告した潜入調査員は二度と帰ってきませんでした」
ひそひそとレーシャナ姫はギルガンドに小声で耳打ちする。
「帝国治安局総動員での強制調査は出来ぬのですか?」
「ついこの前にニテロド家を滅ぼしたでしょう。彼らの勢力は確実に衰えていますが、あまり一気に追い詰めて、もし謀反を起こされたならば天下の臣民が苦しむわ。今でも『赤斧帝』の寵臣はそれなりに残っていますもの……。
ブラデガルディース家の周囲の家々は既に治安局が押さえています。ですが彼らには直にヴォイドと交戦するだけの戦力はありません。命の危険を承知で調査せねばならない――故に、何があっても対応できる貴公が選ばれたのです」
「ご下命、謹んで拝受いたしました」
ギルガンドがブラデガルディース家の資料に目を通すと、そこには驚きの情報が書かれていた。
あの胡散臭いよろず屋の男ロウと女官僚のクノハルは、ブラデガルディース家の愛妾を母とする異父兄妹であるらしい。
ロウに至っては『鬼武者』と呼ばれたアウルガ・ゼーザの一人息子だった。
だが、今となっては二人とも母とは絶縁していて、母の話をするのも嫌がると。
もしかすればブラデガルディース家の愛妾の情報が少しは掴めるかも知れない――とギルガンドは期待してよろず屋に足を運んだが、誰もいなかったので隣部屋で待っていた所に、何も知らないクノハルが来てしまったのである。
……貧民街から離れ、帝国城が遙か遠くに見る事ができる大通りの端に出た所でギルガンドは呟いた。
本人は『呟いた』つもりだったが……軍人なので実際はそれなりの大声であった。
「後で『賢梟』にも忠告してやろう。……クノハルと言うのはああ見えてとんでもなくだらしない女だと」
――ビュン!
彼目がけて投げられた石礫を鮮やかに避けつつ軍刀に手をやって、いつでも抜けるように身構えながら彼が振り返ると――そのクノハルがあの継ぎ接ぎだらけの室内着のまま穴の開いた履物をつっかけ、顔を真っ赤にして背後に立っていた。




