第111話 悪魔と悪女が手を取り合った
「小さい宝石ばかりねえ……」
ヌルベカは案の定、酷くつまらなさそうにハウロットが黒いビロードの布上に並べた宝石を見やった。
確かにかつては絶世の美女だった、しかし今では年老いてきたただの性に奔放な女だ。
しかも己の年老いている事を認められず、分厚い化粧で覆って実のところは怯えている。
これなら――とハウロットは確認してから、急いで宝石をしまう。
「実は貴女様のお目にかけたいものはこのような宝石ではござりませぬ。もっと貴重な品でござります」
「え?」
ヌルベカに人払いを頼み、召使いがその部屋から去った後でハウロットは小声で告げた。
「永遠の若さと美しさをもたらす神々の妙薬でございまする」
「そんなもの、聞き飽きたわ」
ほっほっ、と温厚そうな老爺の顔でハウロットは笑って見せた。
それから片手に収まるとても小さな瓶を取り出してヌルベカの前に差し出し、
「一滴、飲み物に入れるだけで効果は抜群。ではその効果の程を貴女様にもご覧に入れましょう」
その小瓶を開けて、出された飲み物の中に一滴垂らしてから、自ら――ごくりと飲み干したのだ。
「っ!」
ヌルベカは思わず扇を取り落とした。
「如何でしょう」
ハウロットはもうしわがれてしなびた老人では無く、精強な顔の青年に若返っていた。
「こちらもほら、若返っておりまするぞ」
そう言ってハウロットが立ち上がって己の猛々しい股ぐらを指差すと、ヌルベカは食らいつくような熱っぽい目で凝視した。
――ごくり、と生唾を飲み込む音がした時、ハウロットは己の企みが成功した事を確信して、「しめたものだな」とほくそ笑んだのだった。
「こちらの若返りの薬は実は失敗作なのです」
サロフが不在の時に、ハウロットは顔馴染みとなった宝石商の老人の顔をして上がり込み、寝台の中でヌルベカをどんどんと己の側に引き込んでいった。
サロフも召使いも全く疑わなかった。
好々爺と言った風体の、しかも明らかに男としては老いているハウロット相手に、またしてもヌルベカが股を開いているとは予想できなかったのだ。
「失敗作って?」
「これよりももっと素晴らしい完成品があるのです。そちらを身に着ければ、何と己の固有魔法をもう一つ増やしてくれますぞ。ですが見た目は醜くなる故、貴女様にはお勧めは出来かねまする」
「ふぅん……そう。それで、この薬なんだけれども……」
「まだこの薬はご入り用でしょうかな?」
「当たり前よ、幾らあっても足りないわ!」
「それでしたらこの屋敷の離れをどうかお貸し頂けませぬか。さすれば無料にて、この薬の製法を何から何までお教えいたしましょうぞ」
「良いわ、妾が旦那様にお願いすれば何だって叶えて下さるもの。それで……この薬の材料は?」
「固有魔法をまだ持たぬ子供の脳髄でございまする」
ヌルベカは一瞬だけ戸惑ったが、安いものだとすぐに結論づけた。
己がいつまでも美の女神であるためには、実に些細な貢ぎ物だと。




