第110話 美しくなければ
『神々の血雫』を製造していた闇組織の親玉の老人ハウロットに出会った時、ヌルベカは焦っていた。彼女は年老いてきて、自慢の美しさに陰りが出始めていたのである。
美の女神が老いて美しくなくなるなんて、彼女には決して許せない事だった。
ハウロットは『神々の血雫』を完成させてトロレト村を拠点に製造していたが、その帝都での流通網までは完成させられていなかった。
『神々の血雫』の販売にとって最も重要な「保管庫」が見つけられていなかったのである。
いつ何処で誰が見ているか分からず、金品を渡されれば簡単に口を割る者がほとんどの貧民街では駄目だった。地獄横町を牛耳る者達からも、常習性のある違法薬物ならまだしも一度使えば完全に人で無くなる代物では……と敬遠されてしまった。
そのため、『神々の血雫』の秘密を完全に守れて、帝国治安局から疑われずに大量に保管できる場所――となるとなかなか見つからなかったのだ。
そんな折、ハウロットは配下からブラデガルディース家の愛妾であるヌルベカの恐ろしい情報を耳にした。永遠の若さと美を求めるあまりに若い召使いを殺させて、その血を浴びたと言うのだ。しかも誰も――普通ならば愛妾の宿敵となるはずの正妻も嫡子達も、彼女の振る舞いを止めなかったと言う。
悍ましい家だ、とトロレト村丸ごと一つを生き地獄に変えた彼でさえ思ったが――次第にこれは良い相手かも知れない、と思うようになった。
表向きは宝石商を名乗っていたハウロットは、帝都に運び入れる際には宝石と偽って『神々の血雫』を美しい装飾の豪華な箱に詰めて運搬していた。
帝都では『V』に代表される売人達が持ち運んだ『神々の血雫』の販売を積極的に担ってくれていたものの、売人達の成果には波があった。大量に運んだ時には売れず、逆に少量のみを運んだ時に在庫が尽きる程売れてしまう事も多々あった。
もし「保管庫」側がこちらの仲間になったら、もっと安定的に売れるだろう。
ハウロットはそう考えて、あくまでも宝石商としての風体でヌルベカへ行商をしに行ったのだった。




