第108話 美の女神になりたかった女
この世を楽に生きるなんて簡単だって事を、ヌルベカは知っていた。誰よりも美しく魅力的であれば、周りが勝手に動いて楽な人生を送らせてくれる。
そう、まるで美の女神アロディカを崇拝する者が何も言わなくてもその神殿に貢ぎ物をするのと同じ理由で。
ヌルベカは生まれてこの方、可愛いと呼ばれ、美しいと言われ続けてきた。平民出身の彼女が名門ゼーザ家に後添えとして嫁ぐ事が許されたのも、彼女が持ち前の美しさでアウルガを魅了したからである。彼女が美しかったから、一度ならず高貴な御方と情を交わして妊んでしまった時も泣いて謝ればアウルガは許してくれた。おまけにそれで生まれた子を可愛がってくれる。
ヌルベカにとっての唯一の誤算は、その子が生まれながらの盲目だった事だ。
目が見えないなんて気持ち悪いと思ったので素直にそう言い、後は無視しておいた。
それでもアウルガは怒らなかった。戦争が激化していくにつれて務めが忙しくなり、構っていられなかった、と言う事情もある。
男に愛されていればきっと私はいつまでも美しくいられるのだろう、と彼女は思っていたし、実際、彼女は子供がいるとは思えぬ程に美しかった。
しかし彼女はずっと窮屈だった。もっと美しくなって楽に生きたいのに、男に愛されたいのに、周りの召使い達はそれを許さず密かに邪魔ばかりするのだ。
ゼーザ家の召使いは誰もが長く仕えていたし、主のアウルガの剛健な質朴さを慕っている者ばかりだったから当然である。
ヌルベカの固有魔法は『恋慕』であったのに、その誘惑を嫌がったり拒んだりする者ばかりだった。
もう正直、窮屈に飽いて、彼女は時折には退屈さえしていた。
そんなある日、彼女はようやくもっと己を楽に生きさせてくれる男を見つけた。サロフである。ほんの少し『恋慕』を使っただけで、彼女の虜になったのだった。
邪魔なアウルガが殺された後、ヌルベカは身一つでブラデガルディース家の本邸に転がり込んだ。サロフの妻ウビノと子供達は当然ながら激怒したが、サロフはヌルベカを誰よりも溺愛し、召使いにも彼女を妻子よりも優先するように厳命した。
ヌルベカにとってこれは幸いだった。
今度こそ召使いに命じて、飲ませる事が出来るようになったのだ。
――『恋慕』の固有魔法は、己の体液を相手に摂取させ続ける事でじわじわと効果を強めていく。
そう、何をされても一生ヌルベカを盲目的に愛し続けたアウルガのごとく。




