第107話 バテシバ③
それからは毎日のように二人は密会を重ねた。邪魔な妻子や召使いが留守の時を狙い、よもすがら物置小屋で絡み合う。
不倫に夢中になった二人は、妻子の態度が少しずつ冷たくなっていった事にも、あの目の見えない少年が己を産んだ女への憎しみと怒りに毎晩涙を流しては、姿の見えない何者かに慰められていた事にも気付かなかった。
そして、決定打となる出来事が起きる。
「ここに……旦那様の子がいるようなのです」
「まだアウルガに未練はあるか」
「いいえ!あんな妾を何年も一人ぼっちにしておくような酷い人、もう知りません……」
「では私の所に身一つでおいで。決して悪いようにはしないから」
「っ!お慕いしています、旦那様……」
――その夜、いつもより長く二人は絡み合った。
その次の日に、ようやくアウルガが遠方からゼーザ家に戻ってきた。
家の雰囲気が変わっている事に違和感を覚えつつも、長期間不在にしたからだろうと己を納得させる。
それに、彼には雰囲気の変化にはとても構っていられない重大な事情があった。
「旦那様、実は……」
家の事を任せていた年かさの召使いが賄賂に負けず、思い切って打ち明けようとした時、アウルガは顔を険しくしてヌルベカ、ロウ、召使い全員を集めさせた。
「私は恐らく処刑されるだろう」
召使い全員とロウが絶句した。
「お父様がどうして!?」
すがりついてくる我が子の顔を触りながら、アウルガは「死にたくはない」と痛切に思った。
だが彼がやらねば、彼と同様に我が子を愛する他の父親が、無数に死ぬ事となる。
「皇帝陛下が……ホーロロ国境地帯への進軍をお考えなのだ」
「でもお父様、あそこは200年以上平和だったはずでしょう!?今になってどうして進軍を!?」
「分からない……」アウルガは目を閉じた。この子を残して死にたくはない。死にたくはない。それでも彼は己の義務を果たさねばならなかった。「陛下は一度病に倒れられてから、お変わりになってしまった。『乱詛帝』によって乱れた世を糺し天下に安寧をもたらさんとしたあの陛下は……もはや何処にもいらっしゃらぬ」
それから彼は目を開けて、ロウの顔をしっかりと目に焼き付けた。
「良いか、ロウ。私は遅かれ早かれ処刑されるだろう。そうなればお前がこのゼーザの家を守るのだ。良いな、ここにいる者の一人にもひもじい思いをさせるなよ」
「お父様!!!!嫌だ!嫌だ!お父様!!!!!!!」
泣き叫ぶ少年の肩を掴んで無理に引き剥がすと、年かさの召使いに預けて、一度も振り返らずにアウルガは帝国城へと向かった。
結局、アウルガは最後まで知らなかった。
二度と不義を働かないと誓った妻にいとも容易く、数限りなく裏切られていた事を。
良き隣人と信じていたサロフが、己の処刑の一切を背後で画策していた事を。
己がヘルリアンに貶められて、守りたかったゼーザの家が滅びる事を。




