第104話 貴族の務めの一つ
「実は貴君に見合いの話が持ち込まれているのです」
数日前。レーシャナ姫に呼び出されたと思ったら、そうギルガンドは告げられた。
「……見合いでございますか」
「呪いも解けた事ですし、名門であるアニグトラーンの血を絶やす訳にはいきませんから……」
と言いつつもレーシャナ姫自身があまり乗り気では無さそうだった。
これはどうやら、彼にとってあまり良い縁談では無さそうである。
「何処から持ち込まれたのですか」
「ブラデガルディース……」
高名な大貴族の家である。だがギルガンドは露骨に顔をしかめた。
「年若い召使いが行方不明になる事で有名な所ではありませんか。断ってきます」
「少しだけ待ってくれませんかしら」
そしてレーシャナ姫はギルガンドを招き寄せると、扇に隠して耳打ちした。
「十中八九、『神々の血雫』に絡んでいるのよ」
「!」
ブラデガルディース家はある女を愛妾として召し上げるまでは、帝国では比較的にありふれた大貴族の家であった。当主サロフは冴えない外見の小男だったが、悪知恵が回って口も上手だったので『赤斧帝』から気に入られ、金勘定も上手かった事もあって家は栄えていた。
二人目の子を成してからすぐに正妻との仲は冷え切り、その憂さを晴らすべく外で女とよく戯れていたものの、あくまでも『遊び』の範疇で済ませていた。
しかし、彼はある日――『運命の女』と出会ってしまうのである。
その女は春の時期だけに解放される帝国城の百花広場で、年老いた女の召使い一人を連れて、盛りの花の下でゆったりと花見をしていた。
とびきりの美人揃いの高級娼婦達に大金を払って外出させ、自慢そうに連れ歩いていた彼でさえも――その儚げでありながら妖艶な、正に絶世の美貌に一目で心奪われた。
「あれはどの果報者の御妻女だ?」
庭を掃いていた庭師の爺に訊ねると、
「あの御方はゼーザ第一等武官の御夫人でございまする」と返事が来た。
「なるほど、ご立派な御方の御妻女であらせられたか」
帝国の皇帝である『赤斧帝』に身の程も知らず意見する程にご立派な――と言う嘲笑と皮肉は隠して、それからも彼は娼婦達と戯れつつ、敷物の上で酒と花見を楽しむふりをしながら目の端でゼーザ夫人を舐めるように見つめていた。




