第101話 過保護な兄②
『よろず屋アウルガ』はクノハルにとってこの世でたった一つ、安心できる場所である。
ここに入った途端に彼女は変貌してしまう。
帝国城ではいつも男装してツンと澄まして油断なく気を張り、事あるごとに圧倒的な知識を諳んじる彼女が――継ぎ接ぎだらけの室内着に着替えてゴロゴロと寝台の上にだらしなく寝そべって、ロウが買ってきた安い菓子を木の鉢にザーッとひと思いに入れて適当につまんで食べる――挙げ句に、喉が渇いたから白湯が飲みたいとロウ相手に子供のような駄々をこねるようになってしまうのだ。
「兄さん、甘いものはある?」
「そういやゲイブンが果物の蜂蜜漬けを作ったはずだ」
「ちょうだい」
「何処だったかな……」
『あそこよ!台所の棚の右側の一番下!瓶詰めだから落として割らないように気を付けてね!』と探しているロウにパーシーバーが教えてやる。
「ああ、ここだった」
いそいそと運んできたロウは匙で果物を探り当てるとクノハルの差し出した鉢に盛り付けた。クノハルは鉢の位置を知らせようと、指先で軽く叩いていた。
「……うん、甘い」
『えーっ!?それよりロウの甘やかしの方が甘いわよ?本当に可愛がりすぎて、このままじゃクノハルは行き遅れの行かず後家の超絶お局様になっちゃうじゃない!』
と五月蠅い事いつもと相変わらずのパーシーバーを無視して、兄と妹は会話している。
「それで、どうだ。仕事の方は。何か困った事は無いか?」
「変わんない。でもキアラカに久しぶりに会えて少し話せたから良かったかな」
「そうか、元気そうだったんだな」
「うん。何を話したかって事は言えないけど」
「良いんだ。元気そうなら聞かないでおくさ」
「……『「父」に子が出来たっていつか知らせて欲しい』って」
「ああ……そうか、分かった。任せておけ」
『んもー、ロウってばあの地獄横町に行くつもりなのーっ!?あそこは汚いし危険だからこのパーシーバーちゃんも苦手なのに!すっごく臭うし……』
ロウに勝手に肩車をさせながら、パーシーバーは頬を膨らませた。
「出来れば女だと嬉しいって言ってた。男だったら皇族の教育のために手元じゃ育てられないかもって」
「辛いが、第一皇子ともなれば仕方ないな……」
「あー、結婚に出産かー」とクノハルはぼんやりとした顔で呟いた。「嫌だなー……したくないなー……」
「何だってクノハルの選択を俺は大事にするさ」
ロウはポンポンと優しく異父妹の頭を撫でるのだった。




