第22話 仲良しですわ!
アメリアがフィッツベルグ家に来た。
フィッツベルグ家なら二人の関係がバレないようにコソコソとしなくていいと思ったからだ。
アメリアが紅茶にミルクを入れてティースプーンでカチャカチャと混ぜる。
「アメリア、混ぜる時は音をたてないようにそっとね」
シェルリンもミルクを入れてそっとティースプーンでかき混ぜた。
アメリアはシェルリンの手元を見て、もう一度かき混ぜる。そっと音をたてないように。
「ねぇ、アメリア。アメリアはスプリングパレードどんな衣装にするの?」
紅茶を飲みながら、スプリングパレードの話をする。
アメリアは必死に手元を見ながら紅茶を飲んでいたが、そっとソーサーに戻して、話をつづけた。
「テーマは春の精ですよね。持っているワンピースを加工することは決めているんですけど、どんな風にするかはまだ……」
「私は全く。ライ兄様が明日パーツショップに連れて行ってくれるというので、そこで決めようかと思っているの」
「パーツショップ!」
アメリアの顔が一瞬輝いた気がした。
これは一緒に行こうって誘ってもいいかしら。
アメリアのシェルリンの関係は、何とも微妙だった。
学園内ではユリウスを巡るライバルとして周知されているし、二人っきりの時は先生と生徒のように教え、教えられる関係だった。
アメリアさんと呼んでいた呼び名も、シェルリンが貴族のマナーなどを教えると提案してからアメリアの方から呼び捨てしてほしいと頼まれた。
だから、彼女が一人前の淑女になればもうシェルリンとアメリアの間には何もなくなってしまう。
そんな薄い関係で、一緒に買い物なんて行っていいだろうか。
一緒に買い物に行くなんて、なんだか、なんだか……友達みたいじゃない?
まだ友達でもない私から誘われて嫌じゃないかしら。
休みの日まで一緒なんて辟易していないだろうかと内心不安に思いながら、アメリアの弾んだ声に勇気を押されて聞いてみる。
「アメリアも一緒に行く?」
「是非!」
ということで、次の日もアメリアはフィッツベルグ家に来て、ライとアメリア、そしてシェルリンの三人で街へ繰り出した。
ライが連れて行ってくれたパーツショップは、取り巻きたちが話していた店のどれとも違う店だった。
騎士や医者といった実際にある職業の服から、怪物や動物の着ぐるみ、魔女や人魚といった絵本に出てくるキャラクターの衣装までたくさんの衣装が壁一面にかけられ、人型の人形に着せてあるものもある。
棚には、仮面や頭をすっぽり覆う覆面マスクが並び、その他にも布地やリボン、ベルトにお絵描き道具かと思うようなものも所狭しと並んでいた。
「わぁ、こんなに。すごい」
「今年のテーマは春の精だから、ここら辺かな。このテーマだとドレスっぽい感じにする人も多いだろうね」
ライが指し示したところを見れば、淡い色合いのピンクやグリーン、ブルーやイエロー、色とりどりのひらひらとした衣装が並んでいる。
軽いワンピースのような衣装から、ドレスと言っても良いくらいのボリュームのものまで様々だ。
淡いブルーとグリーンの衣装の前で立ち止まる。可愛い。
ちらりと隣を見ると、アメリアはパニエのようにふわりと広がるスカートの前で足を止めていた。
「試着もできるよ」というライの言葉を受けて、ブルーの衣装を試着することにする。
軽い生地でできたこの衣装は、ドレスに比べるとすごく軽くて動きやすい。
腕の部分は透ける素材でたっぷりドレープもついていて腕を動かすたびに、ひらりひらりと布が揺れてドラマチックだ。
「似合っているよ。この衣装をそのまま着る人もいるし、刺繍やコサージュをつけてアレンジする人もいる」
「シェルリンさん、素敵です!」
続いて着てみたのはドレスに近いグリーンの衣装だ。ふわふわとした淡いグリーンの柔らかい生地が幾重にも重なっていて、華やかだ。
ライのコサージュや刺繍という話を思い出して、裾いっぱいに小さな花のコサージュをつければ春の精っぽいのではないだろうかと考える。
「今年は春の精ですね。いつぞやのお嬢さん。こんなものもありますよ」
サラサラとした青い髪のお店の男性が持ってきてくれたのは、羽だった。ワイヤーで形作った羽に最初に着たドレス同様に透ける生地をまとわせた羽はまさしく妖精のようだった。
それにしてもいつぞやのお嬢さんとは? この店に来たことがあるのだろうか。
しばらく沈黙が続いて、「あぁ」とライが声を上げる。
「あの時のワイヤー職人。ほら、シェルリンの持っているワイヤーのバラを作ってくれた人だよ」
ワイヤーのバラというと、今寮にあるあれかとシェルリンも納得する。
いつどこで買ったのかはわからないけれど、話の流れから行くとライと一緒に買ったらしい。
全然覚えていないけれど、知ったかぶりして返事をする。
「あぁあの時の。バラの花、今も部屋に飾っていますわ」
「それはありがとうございます。私はある時は道端のワイヤー職人、またある時はパーツショップの店員、レイメメ・メース! レイメメとお呼びください」
その後もレイメメはいろんな商品を紹介してくれた。
「妖精の粉」という商品は、キラキラした粉で衣装に振りかけるとキラキラと光沢感が出るらしい。
「魔法のインク」は布にそのまま絵が描ける、「ぴったんこスプレー」は振りかけた妖精の粉や魔法のインクで描いた絵を定着させることができるらしい。
「つまり薄いファイジャンか」
ライが胡散臭そうにレイメメに言う。
「ファイジャンって言ってしまったらつまらない。ぴったんこスプレーですよ。ぴったんこスプレー! 妖精の粉だけじゃなく髪型もぴったんこ。『待ちなさい、どろぼう猫!』と髪を引っ張られてもあら不思議。決して髪型は崩れません」
レイメメは人差し指をピッと立てて得意顔で話を続ける。
その横でライは、ちょっと面倒くさそうにしていた。
いつもにっこり笑っているライのそんな様子が、なんだか意外でシェルリンはふふふと笑った。アメリアもおかしそうに笑っている。
それがレイメメには商機ありに見えたのか、レイメメの説明は止まらない。
「しかも、ぴったんこスプレーを振りかけておけば、汚れだってつきません。パーティなんかで赤ワインをばっしゃん! 『あーら、ごめんあそばせ』なーんてことがあっても、ぴったんこスプレーをしておけば、ドレスはシミ一つつかず、きれいなまま! 相手のお嬢さんをキーッと言わせてやることができますよ~」
レイメメがハンカチを咥えて、キーッとなっている令嬢の真似をする。
それが面白くて、またふふふと笑ってしまう。
「あーらごめんあそばせ」という場面があるとは思っていないが、ぴったんこスプレーは買うことにしよう。
「シェルリンさん! この羽、すっごく妖精っぽいですよ!」
「お目が高い、お嬢さん! シェルリンお嬢さんの着ているグリーンの衣装なら、この黄金の羽がぴったり。ピンクのお嬢さんにはピンクの羽もありますよ!」
「わぁ!」
アメリアとレイメメが盛り上がり、二人で羽も試着することにする。
アメリアはピンク系の衣装を考えているようで、ピンクの衣装を借りて、羽をつける。
「ファンタスティック! お嬢さん方の髪や瞳の色にも合っていてバッチグーです。お相手の瞳に合わせるのも今のトレンドですが、個人的にはこれに勝るものはないって感じです。買っていただけると売り上げ的にもバッチコイです」
記憶を失う前にシェルリンとライを見ているレイメメは、二人を恋人同士と思ったらしく、レイメメがライの琥珀色の目を覗き込み、一瞬考える。やはりグリーンの方が! と言い出したところを見るに、アンバーの衣装より、今着ているグリーンの衣装の方が価格が高いのだろう。
「違いますわ、レイメメ。ライは私の兄ですわ」
「そうなんです? 人を見る目はあったと思ったんですが、むむ」
それから一度衣装を脱いで、アメリアと店の隅から隅までを見て回った。
「シェルリンさん! 見てください。この生地でお花のコサージュ作ったら合うと思いませんか? はぁ、こっちも可愛いです。あぁ迷う」
アメリアやレイメメとあれやこれやと話しているうちに、いいアイデアがひらめいた。
最初はグリーンの衣装に妖精の粉を振りかけるだけでいいと思っていたが、レイメメが「だめだめ、こういうのはばばーんとやり切った方がかっこいいんです」と言うので、アメリアもシェルリンも「これはどう?、あれはどう?」とどんどん案を出すようになっていた。
「レイメメ! 真っ白な布あるかしら?」
「もちろんございます、シェルリンお嬢様。あんなこと、こんなことにも見事にこたえるレイメメですよ」
どう使うんです? と興味津々のレイメメに、思いついた案を話していく。
「いいですね! 新しくて、誰も見たことない衣装になりそうです。それならさっきの魔法のインクで出来そうですね」
「そうなの、あれを思い出して」
レイメメはニコニコで相槌を打ってくれる。アメリアもどうやら作りたい方向が決まったようで、二人してあれこれ買い込み、店を出た。
「またのお越しを! お嬢さんたちとはまた会えるような気がしています。ではご贔屓に!」
大げさな挨拶をするレイメメを後にして、三人で馬車に乗る。
「いい物は買えた?」
ライの言葉にハッとする。途中、アメリアとレイメメとずっと盛り上がっていて、ライを置き去りにしていた。
連れまわして申し訳ないとライに謝ると、ライは「いいんだ。それにそこは、ありがとうといってほしいな」と言ってくれる。やはり、ライは優しい兄だ。
家に戻ると、シェルリンとアメリアはシェルリンの部屋へ、ライはライの自室へ戻る。
ライとの別れ際、ライがシェルリンを呼び止めた。
侍女のベルにアメリアを案内させて、シェルリンはライへと近づく。
「ちゃんと仲良くなっているじゃないか。アメリアさん、しぶしぶ従っているようには見えないよ」
ライがそっと囁いた。
自分の自惚れではなく、ちゃんと仲良くなっていたという事実が嬉しくて、つい口元が緩んでしまう。
緩んだ口元を両手で押さえ、「本当に? そう見えました?」と問いかける。
「うん、そうみえた」
ライはそう言って、ニヤリと笑った。
部屋に戻ると、アメリアと二人で戦利品を見せ合う。
シェルリンは、淡いグリーンの簡易ドレスに白い布、黄金の羽、魔法のインク、妖精の粉、そしてぴったんこスプレー。
アメリアは、白いパニエ風のスカートにピンクの羽、ぴったんこスプレーにラベンダーと少し濃いピンク色の端布を買っていた。
アメリアと二人、もう一度買ったものを前に衣装の構想を話しあう。
楽しそうに笑うアメリアを見て、また「ちゃんと仲良くなっているじゃないか」というライの言葉が蘇る。嬉しくてまた口元が緩みそうになる。
一通り話をして、お開きにしようという頃、アメリアが言った。
「私たちの長い買い物にもずっと付き合ってくれて、シェルリンさんのお兄様、優しいんですねぇ」
「えぇ、兄はいつもそうなの」
いつもというのは、記憶を失ってからずっとという意味だけど、本当にライは目覚めてからずっとずっと優しかった。
あーこんないい兄がいるというのに、なんで私は忘れちゃったんだろうなぁ。
帰り際、アメリアが言う。
「今日はありがとうございました!」
再び九十度直角のお辞儀をするアメリアに、シェルリンが静かにアメリアを呼ぶ。
少し低い声で名前を呼ばれたことで、自分の過ちに気づいたらしいアメリアがシュンとしながらお辞儀をやり直す。
どうやらまだまだ一緒にマナーの勉強が必要そうだ。




