039,魔導義体
一通りの確認を終えると、魔導義手に問題がないかを軽く検査する。
バルドの魔力が循環しているとはいっても、基本的に魔道具なので魔石バッテリーの魔力がなくなれば動作しなくなる。
現状の魔石バッテリーでも、一週間程度は余裕で魔力は持つので、すぐに動かなくなるということはない。
それでも、週一の交換は必要だし、魔導義手自体のメンテナンスだって必要だ。
ちなみに、魔石バッテリーは小さな魔法袋に収納されているので、たとえ指のような小さなサイズでも搭載可能だ。
普通の人間よりも不自由ではあるが、その話をしてもバルドの顔から希望に溢れた笑顔が消えることはなかった。
まあ、彼にしてみれば腕が動くだけでも相当喜ばしいことだろうからね。
それに、この魔導義手はまだまだ発展途上だ。
これからも研究を続けていくので、もっとよくなっていくだろう。
そのことはバルドには伝えていないが、まあ、すぐにわかることだ。
「じゃあ、数日で足のほうも交換しようか」
「はい! よろしくお願いします! お館さま!」
「旦那、俺からもよろしく頼みやす」
リハビリはほとんどいらないと言っても、まだ魔導義手は作られたばかりのものだ。
色々と確認も必要だし、経過観察は重要だ。
その辺りはマッシブに引き続きやってもらうとして、オレも毎日確認に足を運ぶとしよう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あとのことはマッシブに任せ、隔離施設をあとにする。
そのまま自室の作業部屋まで戻ると、いくつかの魔道具を収納している魔法袋をもって、今度は屋敷の裏手にある小屋まで向かう。
そこには、迷宮都市でも珍しくない犬や猫などが何匹か飼われている。
ただ、少し違うのは、どの動物も身体を欠損していることだろう
右前足がないものや、尻尾が異常に短くなっているもの、耳が根本から消失しているものもいる。
だが、それは過去の話だ。
今は、魔導義体を使ってそれぞれの欠損した身体を補っている。
バルドに試す前にこの動物たちで実験をしていたのだ。
人体実験の前に、動物実験をするのは当たり前だ。
命が日本よりも遥かに軽い世界だとはいっても、いきなり人間に試すのは心理的抵抗が強い。
オレは研究者でもなければ、当然サイコパスでもないので、動物実験だって最初はかなり抵抗が強かった。
だが、必要な動物を捕まえに行った際に、ここにいるような身体を欠損しているものは思った以上に多かったのだ。
そういった欠損をもった動物たちは、ほとんどの場合すぐに死んでしまっていた。
だが、しぶとく生き残っていたものもいて、今ここにいる子たちがそうだ。
最初は本当に懐かなくて懐かなくて、それはもう大変だった。
威嚇する、引っ掻いてくる、噛み付いてくる、逃げ回る。
完全に無力化しないと触ることすら難しかった。
おかげでそういった魔道具の開発も進んだのだからいいのだけど。
ちなみに、捕獲した動物の欠損は、迷宮都市の住民たちの仕業だとわかっている。
日本のように動物保護法なんてないし、愛護団体もいない。
酷いようなら衛兵も動くが、そんなことは滅多にないので基本的には野放しだ。
弱い者いじめが好きなクズはどこにだって存在する。
それは世界が違っても同じことなのだ。
むしろこちらのほうがずっと多いくらいだ。
そうやって擬似生体なんかも、ちゃんと動物で実験をしてからバルドたちに試している。
動物実験の結果では、擬似生体をなんとか動かすことができていたのだが、人間では勝手が違うようだ。
もちろん個人差もあっただろうけど。
バルドは特に擬似生体と相性が悪かったように思う。
促成魔道具で時間短縮を図ったのが悪かったのかどうかはわからないが、リハビリに結構な時間を割いても動かすことがほとんどできなかった。
もうひとりのほうは促成魔道具を使えないので、今もゆっくり疑似生体で再生治療を行なっているが、このままだと魔導義体に交換することになるだろう。
結局このままでは、擬似生体は人工皮膚程度の使いみちしかないっぽい。
まあ、まだ使いみちがあるだけマシなのだけど。
使いみちがほとんどない魔道具なんて結構いっぱい製作している。
ミリー嬢の狂気の魔法式はかなりの量があるのだから。
「よしよし。さあ、見せてごらん」
オレが小屋に入ると、それぞれ好きに過ごしていた動物たちがいっせいに寄ってくる。
犬だろうと猫だろうと、どの子も今ではオレにすっかり心を許している。
失くしてしまった身体を与えてくれたのがオレだと、ちゃんと理解しているからだろう。
動物だからといって、それがわからないと侮るのは間違っている。
まあ、時間をかけて我慢強く接したかいもあるだろうけど。
事実、使用人の数人には警戒しつつも引っ掻いたりはしなくなったが、ほかの人間には姿を見せることすらしないのだから。
作業部屋から持ってきた魔法袋の中から、魔石バッテリーを取り出し、容量の減っているものから取り替えていく。
どの子たちも同じような減りだが、一匹だけ魔導義体を取り付けてすぐに違和感なく自在に動かせた子の減りだけが異常に早い。
この子は右前足を付け根から喪失していた子で、動くことも満足にできておらず、餓死一歩手前で捕獲した子だ。
一番最初にオレに懐いた子でもあり、今でも魔力消費の減り具合が一匹だけおかしいので要観察対象になっている。
何より可愛い。
魔石バッテリーの交換を終え、計測用の魔道具をいくつか使い、魔導義体に異常がないか確認していく。
みんな大人しく順番を待ってくれているので、ずいぶん楽になった。
気まぐれなはずの猫でさえ、こうした検査をするときにはちゃんと待っていてくれるようになったのだからなかなか感慨深い。
ちなみに、魔導義体の部分はひと目見てわかるように毛に覆われてはいない。
一応疑似生体で皮膚を作って張ってあるけど、それだけだ。
たまに、やんちゃな子の皮膚が剥がれていたりするけど、痛覚が機能していないので加減を間違えてしまうようだ。
それでも、魔導義体のスペックを考えると、被害が少ない。
まあ、もしスペックの限界まで力を発揮したら、小屋の壁なんて簡単にぶち抜けるくらいのパワーが出てしまう。
リミッターも一応設けているから、スペックの限界の力を発揮されることは普通はないはずだけど。
皮膚の剥がれている子の魔導義体には、新しい皮膚を貼り付け補修をしておく。
バルドの魔導義体のデータが問題なかったら、そろそろこの子たちの魔導義体にも毛を生やしてみよう。
きっと魔導義体をつけているなんてわからなくなる。
それだけ、どの子も自然な動きができている。
ただ、この子たちは屋敷の外に出すことはもう二度とないだろう。
魔導義体は当然外に漏らすつもりはないからだ。
小屋は手狭なので、拡張予定ではあるけど。
猫はともかく、犬が運動不足気味だろうし。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
バルドの経過は順調だ。
マッシブから上がってきた報告書にも問題があったとは書かれていないし、毎日経過を確認しているが、魔導義体にも本人にも異常はない。
魔石バッテリーの消費が異常に早い犬のように、減りが早いわけでもなく、想定の範囲内に収まっている。
両足も擬似生体から魔導義体に付け替えが済んでおり、運動も問題なくできている。
もう少ししたら、フルパワーでの運用などもテストしてみたいところだ。
計算上、どの程度の力が出せるかはわかっているが、実際に試さないわけにはいかないからね。
特にこれは、正確な意思疎通ができない動物たちでは試せないことだ。
魔導義体の研究は、今後の迷宮探索でも役に立つ場面が絶対来る。
身体を欠損した場合はもちろん、それ以外でも研究を進めて悪いことはない。
特にパワードスーツのような運用ができるようになれば、かなりの戦力アップに繋がるのではないだろうか。
まあ、まだ全然目処は立ってないけど。
その辺りについても、ミリー嬢と色々と相談しているのだが、パワードスーツを彼女は知らないので、オレの説明では迷宮の宝箱から手に入る魔法の鎧などを想像してしまうようだ。
そのため、たびたび意見の食い違いが起こっている。
それとは別に、あれからオークションにもよく行くようになった。
特に遺跡からみつかる書物が出品されるときには必ず。
前回の古代ミドニアド文字で書かれているがために、オークションでも分類がしづらくてまとめられていたりした例もある。
特に魔法式の書物は数が少ないので、単品での出品はあまりないようだ。
複数のマイナー書物とセットだったり、不明な文字で書かれているがために未知の書物として目録に書かれていたりする。
探してもなかなか見つからない理由が、そういった事情にもあるらしい。
そういうわけで、実際に目にしてみればミリー嬢が思った以上の博識さと勘で見分けてくれる。
彼女が読めない文字でも、なぜか勘でわかるようなのだ。
本当に彼女は色々と謎な能力を持ちすぎている気がする。
魔法式に関してのみという、ものすごく極端な狭さにだけ反応するものだが。
ただ、彼女が読めない文字の場合、さすがに勘で読むのは無理なので、言語学者に依頼して翻訳してもらっていたりする。
迷宮都市では、古代語や違う大陸の言葉で書かれた書物も見つかるので、学者の類もかなりの数が集まっている。
中には食い詰めているものもそれなりにいるので、割と安く依頼することもできる。
信頼性を考えると、どうしても実績があるところに頼むことになるけど。
オレは金に困っていないので、信頼性重視でそれなりに報酬を弾んでいるので、ときおり学者たちがパトロンになってくれないかと訪ねてきたりもする。
一部を除いてお帰りいただいているが。
その一部は、当然魔法式関連のものたちだ。
ダメ元でやってきたのに、研究資金の援助を勝ち取ることができて泣いて喜んでいたものも多い。
ただ、ミリー嬢の父親や、ミリー嬢本人のような狂気的な魔法式を書く人物にはまだ出会っていないので、無難な研究者ばかりだ。
確実にミリー嬢たちは少数派だろうから、そうそういないとは思うけどね。
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